本日起床、午前9時30分。
今日は外仕事なし。原稿関連仕事は、昨日にひき続き高二用模試の公募問題に目を通す。
■三十三年前の本日(1989/2/11/土):「サミー・ノマさん・withカワバタ、6:30梅田」。
古い手帳を繰っていて昔の記憶を徐々にとり戻してきた。この1989年時点でサミーはもうSKを卒業していて大学生だったのだ。高一だったサミーを教えていたのは1986年である。
そして、次々と思い出してきたが、初めてサミーと口をきいたのは、1986年6月2日、大阪城ホール、新日本プロレスの前田日明vs藤波辰巳があった会場だった。オレがプロレス生観戦したなかでまちがいなくベストバウトだった、あの試合の日である(この話はまたいずれ)。
だから、もうこの1989年2月というときは、ノマさんとも数度の出会いをかさねていて、きっともうZ方面の仕事の話も出ていたころだったはずだ。このときのZ方面の仕事というのは、今もオレがかかわっている教材作成とかでなく、新規に神戸三宮で開設するという対面教育である。
今でこそ、Z方面というと、手広くさまざまな教育・文化事業にかかわっている企業というイメージだろうが、当時はまだ添削で有名な出版社だった。だから、オレもZ方面が対面教育をする(実はそのときすでに東京ではスタートしていたが)なんていうことを知らず、ほほうと思ったものだった。
そして、ノマさんは、来阪するたびにプロレス談義をしただけでなく、何回めかの時点で、オレにその神戸三宮の対面教育(塾)の専任講師にならないかという話をもちかけてきたのである。
どの時点でオレは「諾」と言ったかおぼえていないが、すくなくとも、この1989年2月11日時点だともうOKしていたのではと思われる。それはこの手帳に「withカワバタ」と書いてあるからだ。
大学の同回生のカワバタである。あの、「合格電話」で純粋な地方受験生からともに金をまきあげた(仕事はちゃんとしたけど)カワバタである。このとき彼は大阪の広告代理店(今はもうない)勤務だった。だから、学生時代からつるんで悪さをしてきたよしみとして、オレは、やつをノマさんに紹介して仕事の足しにでもなればよかろうと思ってひきあわせたのである。それがこの2月11日だったのだろう。
それにしても、このときサミーは名古屋の某私立大学生だったはずだが、ノマさんが大阪に来るというときは、律儀にこうやって会いにきたのだなと思う。彼は人間関係をすこぶる大切にする。そこのところはオレと対極だ。
そういえば、オレが今の職場で豊橋に出講していたときも、近いから(実質的にはさほど近くない)というので、サミーはわざわざ名古屋から会いにきたこともあったなと思い出す。しみじみ。
■本日の失敗:今月の『落語研究会』録りそこねた(と今日気づいた)。やれやれ……。
□本日のウォーミングアップ落語:三代目柳家権太楼「井戸の茶碗」。
□昨夜のクーリングダウン・チューン:藤井風「きらり」。
★ロケンロ★Love&Peace,Osaka,ひこにゃん.Thank you.
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