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2021年10月10日23:29

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東急バス「東98」系統乗車&等々力散策

東京23区内の路線バスではトップクラスの長距離路線で東急バスの路線としては最長となる「東98」系統(東京駅南口〜等々力操車所)が、11月1日より大幅に縮小され、現行の全区間通し運行は朝夕のみになり、日中は東京駅〜清水(東急バス目黒車庫)までの運行になります。
直ちに路線自体が廃止になる訳ではないのですが、このままだと今後も縮小して最終的にはなくなる可能性もあるので、改正前に全区間を乗り通してみました。
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乗り場は東京駅の丸の内南口で、今回は11:35発のバスに乗車しました。
東京駅を出ると、国際フォーラム前で皇居方面へ右折、その後日比谷公園の脇や霞が関の端、虎ノ門ヒルズ、東京タワーのそばを通って赤羽橋で桜田通りに出ます。
この先で慶應義塾大学前、白金高輪駅、白金台駅を通りますが、白金高輪駅と白金台駅の間の停留所が「清正公前」です。白金高輪駅の開業前の仮称は「清正公前駅」で、元々都電の停留所名でもあった経緯からほとんど仮称通りに決まりかけていて、車両の行先表示もそれで用意していたそうですが、清正公の覚林寺(加藤清正を祀っている)の所在地が白金台であることから、駅の所在地が白金と高輪の境界付近なのにこれはおかしいなど異論があったりし、双方の住民感情を考慮してか結局は所在地の地名を2つ並べた現行の駅名になったということがあります。
地名を並べた駅名よりも、名所旧跡由来だったり歴史の重みを感じる駅名の方が個人的にはいいと思ったのですが、もし地下鉄の駅名が清正公前になっていたら、こちらのバス停の名称はどうなっていたのでしょうね。
そして清正公前交差点からは、終点間際までひたすら目黒通りを直進します。
その後は目黒駅に到着すると、時間調整で数分停車の後に発車。
目黒駅を出ると権之助坂を一気に下って目黒川を渡って山手通りを越えると再び坂を上がり、この途中に「元競馬場」というバス停があります。
目黒通りの南側にかつて目黒競馬場があり、競馬場跡地は普通の住宅街になってしまったのでぱっと見の面影はないのですが、地図で見るとここが競馬場のカーブだったのだなというのがよく分かる道があります。今回は途中下車していませんが、そのうちここも歩いてみたいものです。
そして、11月より東98系統の日中の終点となる清水に到着。ここが目黒車庫の最寄り停留所です。旧町名が清水町だったことに由来する名称で交差点名も同じですが、現在の町名は目黒本町になります。
反対側に停車中のバスはリバイバルカラーの車両でした。
この先で下り坂となり、鷹番、碑文谷を通過し、柿の木坂陸橋で環七通りを越えます。
この辺は高級住宅街としても知られる場所ですが、そういう場所柄なのか目黒通り沿いにベンツ、ボルボ、マセラティ、ランボルギーニと、外車ディーラーが4つ並んでいたのが印象的でした。
そして都立大学駅付近で今は暗渠になっている呑川の中根橋を通過すると再び上り坂になり、自由が丘の高台を抜け、目黒区から世田谷区に変わったあたりから徐々に緑も多くなってきて終点が近い雰囲気になってきました。また、乗客も徐々に減っていき、玉川神社から先はついに私一人だけになってしまいました。
そして、玉川神社の先で目黒通りから側道に入って坂を下り、陸橋の下を潜ると等々力駅前になります。
終点の等々力操車所は駅前の一つ先の停留所になり、ここで東98系統を完乗。所要時間は65分で、道路渋滞があったりするともっと時間がかかる可能性もありますが、思ったよりは短い乗車時間でした。

等々力操車所でバスを降りた後は周辺を散策。
駅から少し離れた場所なので割と普通の住宅街になりますが、線路の向こうに等々力渓谷の緑が広がっているほか、住宅街の中に畑もあったりして、東京駅からバス1本で結ばれている場所らしからぬ雰囲気が印象的でした。
また、等々力バス停の前におそらく昔は店だったと思われる空き家があり、そこに稲荷神社か何かと思われる祠がありましたが、敷地内なので近づけませんでした。
そして東急大井町線の等々力駅前に出ました。ここは立体化されていないので踏切があり、駅舎も昔ながらの構内踏切のある駅ですが、構内踏切の上下線の線路の間に券売機と改札口があるという独特の構造です。
橋上駅舎でない古い駅だと相対式ホームで上下線が別になってそれぞれに改札があるものや、構内踏切があって線路のどちらか片側に改札が寄っている駅が多いと思いますが、島式ホームで中央の地平に改札があるという駅は珍しいと思います。
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また、駅前に茅葺き屋根の建物と白壁の蔵を見つけたので撮影しましたが、これは「鈴木家住宅穀蔵」で明治8年(1875年)の建築だそうで、内壁に「明治八年 亥年」という墨書銘があるそうです。
その後は食事にしましたが、この辺りは意外に飲食店が少なく、来た道を少し戻って駅前の交差点付近にあった「定食屋石榴」という店に入りました。
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色々なメニューがあって迷いましたが、日替わり定食(鉄板焼きハンバーグ&小エビとイカのみぞれあんかけ)を注文。
ハンバーグは鉄板焼きなので熱い状態で出てきます。また、小エビとイカのみぞれあんかけは見た感じスープみたいで、味噌汁があるのに汁物が2つあるのかと思ってしまう感じです。海老とイカがごろごろ入っていてなかなかボリュームがありました。
料理に関しては悪くないと思ったのですが、店に入った際にテーブル席しか空いていない(カウンターは満席だったけど複数空いていたのに)と待たされて後から来た2人組が先に通されてしまったり、出てくるのが異常に遅くて、一方で後から入ってきた人のものが先に次々と先に出てくるなど、気になる点もありました。
そんな訳で思わず苦情を言いたい気分も起きかけましたが、案内された席が篠田麻里子みたいな人(もう一人はフランスに行った怖いお姉さんもとい指原莉乃みたいでしたが)の隣だったということで、ここは大人しくアンガーマネジメントに努めさせていただきました。
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食後は等々力渓谷を散策し、等々力駅側の入口であるゴルフ橋から下に降りました。
朱色のアーチの橋脚が特徴的な橋で、名前はゴルフ場があったことに由来するのだそうです。
ここから下流に向かって進みますが、23区内にこんな場所があるのかと思ってしまうような清流と深い緑が広がっています。
そして、ところどころから湧水が出ていて、木道の下を通って渓谷の谷沢川に流れ込んでいました。
また、途中には木の橋があって水面ぎりぎりまで下りられる場所もあります。
渓谷の最後の方には、大小さまざまな祠などがあり、最初に見たのは稚児大師御影堂です。ここにある像は弘法大師の幼い頃の姿だそうです。
そして不動の瀧に出ました。水量はそれほど多くはないですが、湧水が流れ落ちる様子は見事でした。
その傍らには稲荷堂と不動明王が並んでいます。
そして階段を上がると、途中に小さな洞窟の祠があり、これは神変大菩薩です。山岳修行者の修験道の祖である役の行者を祀るお堂とのことです。
階段を上り切ったところには等々力不動尊明王院があり、ここから眼下に広がる渓谷や多摩川の方向が一望でき、ちょっとした展望台のようでした。
等々力不動尊で小休止してから渓谷の方に降りると途中にも祠がありましたが、名前が書いていなかったり手掛かりとなるものがなく、何なのかは分かりませんでした。
さらにそのまま坂を下ると等々力渓谷を抜けて住宅街に出てしまいました。

等々力渓谷の谷沢川はこの先も多摩川へ合流するところまで続いていますが、今までの緑が嘘のように住宅街になってしまうのが面白いですね。
一見すると住宅街の中のコンクリートで囲まれたドブ川に見えますが、渓谷からの水がそのまま流れているので水はきれいですし、渓谷の名残かやたらと深いので他の小河川とは一味違った雰囲気です。
そしてしばらく進むと左側に別の川が見えてきて、さらに右側にも別の川が見えてきて、これは何だと思ったら両方とも丸子川でした。
丸子川は農業用水の六郷用水の中流部のことで、元々は谷沢川の上を立体交差で横断していたそうですが、今は上流側は谷沢川に流入するようになっていて、高低差のある谷沢川へと落ちる合流部のトンネルがまるでディズニーランドのカリブの海賊のような雰囲気でした。
一方で下流側は谷沢川の水を人工的に汲み上げて流しており、汲み上げた水が出てくる人工の滝がありました。
そして、谷沢川の下流はここから先で側道がなくなるので川沿いを歩けなくなりますが、100mほどで多摩川の土手にある水門に到達し、ここで多摩川に合流して終わりとなります。
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水門からは対岸の少し遠くに武蔵小杉の高層ビル群が見えます。
また、清正公前から目黒駅前などを通過する大通りの目黒通りは、環八通りを越えた最後のほうは徐々に細くなっていき、都心部では大通りだった様子が嘘みたいな細くて交通量も少ない道路になって土手沿いの多摩堤通りに突き当たって終点となりますが、実はこの先も多摩川を渡って川崎方面へと整備される計画があるそうで、「等々力大橋(仮称)の整備事業について」という看板が立っていました。
この先の神奈川県内の道路は、「宮内新横浜線」という名称で計画はあるも途切れ途切れで全通はしていないそうですが、最終的に全面開通すると新横浜駅まで1本の道で結ばれるそうです。
また、多摩川の流路変遷の名残で川崎側にも等々力という地名があり(今は川崎フロンターレ、Jリーグ発足当時はヴェルディ川崎のホームグラウンドの等々力競技場が有名ですね)、川で分断されていて今は直接結ばれていませんが、これができると両岸の等々力が直接結ばれることになります。
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その後は等々力渓谷公園の一角にある日本庭園を見てから渓谷に戻って来て、ここの不動の瀧の横にある甘味処「雪月花」で小休止し、あんみつを食べました。
川が見える窓際の席がちょうど空いていたのがよかったし、こういう場で食べると不思議と美味しさが増しますね。
その後はゴルフ橋まで来た道を戻り、渓谷を後にしました。
また、駅前で細い道を入っていくバスが通り何だろうと思ったら、「(等01系統)玉堤循環タマリバーバス」という世田谷区コミュニティバスで、運行範囲は狭いけど気になる路線でした。
そして帰りも等々力操車所から東京駅まで東98系統を利用。
疲れて寝てしまいましたが、行き同様に帰りも渋滞なく東京駅までスムーズでした。
ただ、JRでの変電所トラブルによる運転見合わせの被害をモロに受け、その先の帰りは大幅に遅くなりましたし、やっと電車が動いたかと思ったら途中で何度も足止めを食らうし、やっと動いた電車だけ乗客が集中することで混雑も悪化しますが、そんな中でラリってそうな奴が車椅子の人に向かって聞こえよがしに「混んでるのに乗るなバカ」と暴言を吐いていて非常に胸糞悪い思いでした(怒)。
そんな訳で今日は疲れたので、なるべく早く寝ます。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1)http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/11019861.html
(2)http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/11019943.html
(3)http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/11020126.html
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