本日起床9時21分。
今日は外仕事(授業)あり。五限一コマ。上本町。
会議の際、テキストに使う『堤中納言物語』「逢坂越えぬ権中納言」で、「地(つち)さへ割れて照る日にも……」に注をつけなければならないので、諸注釈書が指摘している『萬葉集』巻十「六月之 地副割而 照日尓毛 吾袖将乾哉 於君不相四手」をそのまま注にしようとなった。読みは「六月(みなづき)の地(つち)さへ割(さ)けて照る日にも吾(わ)が袖干(ひ)めや君に逢はずして」である。もちろん教材の注には訓読した「六月(みなづき)の地(つち)さへ割(さ)けて……」とつける。
そこで、オレは「ん?」と思った。現在の訓詁では、「割而」が「割(さ)けて」で、たぶんそれは正しい。けれど、平安時代にはそう読まれていなかったのではないかと。つまり、「割而」は当時「割れて」と読まれていたから、「逢坂越えぬ権中納言」で、「地(つち)さへ割れて」という表現になったのではないか。
てなことで、オレは、リモートの会議で、「誰か手もとですぐ『古今和歌六帖』を見られる人がいたら見てよ」と言った。そして、「六月の……」の和歌が収載されていないか、かつ、読みが「地(つち)さへ割れて」になっていないか確かめみてと言った。
嗚呼、リモートの会議は便利だ。オレも自分の仕事部屋に『古今和歌六帖』はあるけれど、PCの前からその本棚まで行くのがすこぶるめんどうだ。すると、ちゃんとメンバーのなかに『国歌大観』を手もとで引ける人がいた。『国歌大観』を手もとに置くなど、奇特な人だ(PTのチーフだったが)。
で、はたして、『古今和歌六帖』に当該歌が入っており、オレが予想したとおり、読みは「地(つち)さへ割れて」だった。ビンゴ!じゃあ、注はそれにしときましょうとなった。
これは、どの注釈書にも書いていない。わが職場の教材だけにあるものだ。誰かまねするならひと声かけてほしいものである。
それにしても、新潮の古典集成も『萬葉集』を引いて「六月(みなづき)の地(つち)さへ割(さ)けて」を引いていた。塚原先生も気がつかなかったんだ。読解上はあまりたいしたことがないからな。
オレが学部生のとき、塚原先生の演習が『堤中納言物語』だったけれど、あのとき読んでいたのは「よしなしごと」だった。もし、あのとき「逢坂越えぬ権中納言」だったとしても、学部生の若造だったオレには気づかなかっただろうな。
■本日の失敗:外仕事(授業)から帰宅して、一人鍋で一杯やりながら新聞を読んでいたら、眠くなって、二時間ほども気絶してしまった。嗚呼、なんてこった。アルミ鍋をかけていた火を消していたのはよかった。かしこい。やれやれ……。
□本日のウォーミングアップ落語:柳家小太郎「心眼」。
□昨夜のクーリングダウン・チューン:SARD UNDERGROUND「これからの君に乾杯」。
★ロケンロ★Love&Peace,Osaka,ひこにゃん.Thank you.
ログインしてコメントを確認・投稿する