
〈9/6(月)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22216 (写真入り記事)

「神を見て、神を恐れよ」
人間は、神によって造られた時に、神だけに目を向けて生きる存在として造られました。
しかし、罪を犯した瞬間から、自分に目が向かい、自意識に捉われるようになり、裸であることを知り、イチジクの葉で体を覆いました。
イエス様を信じて新しく生まれ変わり、神との関係が回復した時から、神を見て生きる存在に回復しました。
しかし、古い罪の性質が自分に注目をさせようと誘ってくるのです。
人が悩み苦しみ、人の顔色を気にして、心が病んでしまうのは、神を見ていないからです。
聖書は、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」(ヘブル人への手紙12章2節)と語ります。
人が人の顔色を見て、人を恐れてしまう理由は、神を見ないからであり、神を恐れないからです。
神を恐れるとは、神に対してビクビクすることではありません。神を神と認め、神に対する畏敬の念を抱くことです。
聖書は、「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである」(伝道者の書12章13節)と語るのです。
ここに真の解放と自由、喜びと平安、祝福と幸せがあるのです。
神を恐れたら、大きく見えて、怖く見えていた人が、自分と同じ弱い罪人であることがわかります。
ムキになり、敵意を抱く必要もなくなります。そして、怒りは消え、愛する心に変わっていきます。
そして、「神様、私たちを助けて下さい」という祈りが出てくるのです。
ヤクザは、簡単に暴力を使うことはしません。小さな自分を最大限に大きく見せて、威勢を張り、脅かして、何をするかわからないという不気味な恐怖を与えて相手を黙らせ、言うことを聞かせようとするのです。
ヤクザも同じ人間です。恐れるに足りません。
悪魔も似ています。悪魔はイエス様によって頭が踏み砕かれて、すでに敗北した存在です。恐れるに足りません。
牙のない吠えたける獅子のように怖がらせているだけです。
しかし、悪魔と交わったり、取引きしたりしているとやられてしまいます。
蛇が木の上のリスを捕獲する方法は、目を合わせることから始まります。リスは蛇から逃げられる状況にあっても、蛇の目を見ていると体が硬直して動けなくなり、蛇にやられてしまいます。
同じように、悪魔と目を合わせたり、交わったりしないで、速やかに離れ、追い出してしまいましょう。
私たちが見るべきなのは神の御顔なのです。
神の御顔を見てないと、罪も誘(いざな)ってきます。
罪と闘って血を流すほどの格闘をすると共に、その罪の誘惑のある環境から離れましょう。そうでないと、やがてミイラ取りがミイラにされてしまうように、罪の奴隷とされてしまいます。
どんな時にも、イエス様から目を離さないで歩んでいきましょう。
🧡<毎日更新>【動画メッセージ】
『神の言葉に対する正しい応答』
https://youtu.be/tcpkCQIuo24

<週毎に更新>【9/5(日)新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/Qj6u8-GiJJQ (夕方礼拝)

<不定期更新更新>【テレビ番組説教�ぁ�
https://youtu.be/mTMlXCb1NCo

<毎日更新>【8/27(金)蒲田駅 荒野の旅 路傍伝道〈前半〉】
https://youtu.be/23ScGXnJVqA (左方)
https://youtu.be/FKRniB4IcUM (右方)

<ドキュメンタリー番組>【路傍伝道ネットワーク 活動紹介】
https://youtu.be/es7hBtd_OdY

「編集後記的メッセージ 『見るものに引き寄せられ、似ていく』」
人は、見ているものに引き寄せられ、似ていく。
しっかり作られたバイクは、必要以上に力を使わなくても、ただ見ている方向に向かって進んでいきます。
16歳の誕生日にバイクの免許を取得して、数日後には奥多摩に走りに行きました。
当時、「バリバリマシン」という雑誌を購読していましたので、イメージトレーニングをすでに出来上がっていました。
ハングオンをして、膝を擦ってカーブを曲がって行くのはさすがにまだ無理でも、峠道をヒラリヒラリと軽快に曲がって行く姿を想像していましたが、実際は、怖くて肩に力が入ってしまい、思うように走れませんでした。
その時、「カーブの先を見ろ!」という雑誌で読んだ言葉を思い出しました。恐いけれど、山肌やガードレールから目を離して、これから行くべきカーブの先を凝視しました。
不思議と肩の力が抜けて、さらに、どれくらいのスピードでカーブに侵入したらよいのか、立ち上がりのどこでアクセルを開けて加速したら良いのかまで手に取るようにわかりました。
それ以来、私のバイクの走りが変わりました。
そして、この法則を人生においても適用しています。
否定的な状況や失敗するシチュエーションではなく、「神が共におられるから大丈夫!」と信じ、「私を強くしてくださるキリストによってできる!」と確信して、成功し、うまくいっている状況に目を向けて生きるように心がけています。
大切なのは、何を見るかです。
自分勝手な野心や野望を心に描いて、見るのではなく、神の御心を知り、その実現を見るのです。
人生は、見たものに引き寄せられ、見ている方向に進みます。
さらに、見ているものに似ていきます。
憧れている人をいつも模範として生きているならば、言葉使いだけではなく、立ち振る舞いや表情までも似ていくものです。
イエス様を見続けているならば、イエス様に似ていきます。
しかし、一瞬で変わる瞬間もありますが、徐々に、時間を変えて変わっていきます。
バイクを運転する時に、視点が大切であるように、人生においても、あなたが何を見るかが行き先を決め、見たことが実現し、さらに、見ている人格に似ていきます。
イエス様を信じ、イエス様から目を離さないくらいまでに、いつもイエス様を追い求めていきましょう。
それが一番良い生き方であり、あるべき生き方の一番の近道です。
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