
〈9/4(土)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22214 (写真入り記事)

「赦されない罪はあるか?」
聖書には、イエス様の言葉として、「赦されない罪がある」と書かれています。
「人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません」(マタイの福音書12章32節)。
「人の子」とは、イエス様ご自身がご自分について好んで使われた表現です。つまり、「わたしに言い逆らっても赦される」と言っているのです。
にもかかわらず、「御霊に言い逆らう罪は赦されない」と断言されました。
一体どういうことでしょうか?
イエス様は、この直前に、悪霊に憑かれて、目が見えず、口もきけない人をいやされました。
イエス様は神であられましたが、人となって来られた時には、神の力を使わないで生きておられました。
私たちと同じように、祈り、御霊の力によっていやしの働きを行われました。
しかし、ユダヤのリーダーたちは、それを拒否して、「この人は、ただ悪霊どものかしらベルゼブルの力で、悪霊どもを追い出しているだけだ」(マタイの福音書12章24節)と言い切りました。
それを聞いた庶民たちはどうしたら良いでしょうか。
「そのとき、悪霊につかれて、目も見えず、口もきけない人が連れて来られた。イエスが彼をいやされたので、その人はものを言い、目も見えるようになった。群衆はみな驚いて言った。『この人は、ダビデの子なのだろうか』」(マタイの福音書12章22〜23節)
庶民たちは、「この方こそキリストではないだろうか」と半ば信じようとしていたのに、リーダーが、「この人はキリストではない、悪霊の力で奇跡をしたに過ぎない」と、信仰の道を閉ざしてしまったのです。
御霊の力を否定したら、そこですべてが閉じたのです。
聖書は教えます。「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません」(コリント人への手紙 第一12章3節)と。
御霊をベルゼブルの霊と言ったら、「イエス様を主」と言わせて下さる御霊に誰が心を開けるのでしょうか。
「『主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる』のです」(ローマ人への手紙10章13節)。
主の御名を呼び求めるだけで救われるのに、救いを拒絶するので、救われることがないので、結果として、「罪が赦されない」ことになるのです。
今日も、主の御霊は、イエス様を信じ、呼び求めるように導いておられます。
私たちは、主の御霊を認め、その導きに従っていきたいものですね。
私たちは、すでに主の御霊に従ったことでイエス様を信じて救われていますが、さらに継続して主の御霊に導かれて生きていきたいものですね。
その生き方の中には、決して、「赦されない罪」など存在しないのです。
イエス様が十字架で私たちの罪を背負って死んで下さったのですから。
素敵な一日でありますように。
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「編集後記的メッセージ 『本来、赦されない罪はなど一つもない』」
ある教派の牧師が、別のある教派の人たちは、異言などの聖霊の賜物を拒否するので、「御霊に言い逆らう罪は赦されない」と言うのを聞いたことがあります。
その気持ちはわかります。信仰上、ご自分が大切にしていることを拒否し、批判するからです。
しかし、それは、神が聖霊の働きを制限する人に対して、「御霊に言い逆らう罪は赦されない」と言われたとしたら、その通りですが、神ではなく、その方が赦せないのでしょう。
イエス様は、「御霊の働き」を「悪霊の働き」だと断定することで、その後、御霊の働きに心を開くことがなくなるので、イエス様を信じさせる御霊を拒否することで、唯一の救いを受け取れなくなるため、イエス様は、心を痛めながら、「御霊に言い逆らう罪は赦されない」のです。
ですから、イエス様は、どんな人であったとしても、罪が赦されず、裁かれ、滅ぼされることを願っておられないのです。
イエス様は、どんな人であっても、罪が赦され、神の子とされ、永遠の命を得て天国に入れたいのです。
本来、赦されない罪など一つもないのです。
しかし、唯一の罪の赦しを与えるイエス様を拒否したら、赦しを自ら拒否することになってしまいます。
「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです」(使徒の働き4:12)。
だから、福音を伝えなくてはいけないのです。
「それから、イエスは彼らにこう言われた。『全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます』」(マルコ16:15〜16)。
一緒に力を合わせて伝道をしましょう。
本日は、17時から中野駅北口広場にて路傍伝道を行います。お時間赦される方がいらっしゃいましたら、参加歓迎です。また、お祈りをよろしくお願いします。
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