
〈8/21(土)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22198 〈写真入り記事〉

「伝道に対する誤解」
伝道に対する誤解の一つとして、「言葉だけでイエス様を伝えたって意味がない。行いを通して伝道するべきだ!」という考え方があります。
正論ですが、そのように言う人が、しっかり伝道をする人ならば真実味がありますが、そうでない場合があります。
詭弁であり、「伝道したくない」口実としてはいけません。
また、「行いをもって伝道する」ことは何一つ間違いはありませんが、それが、自分の努力と頑張りによるところの布教行為になる可能性があります。
確かに、人は知識の御託を並べられるだけでは説得力はありませんし、そこに実態を感じらなら心が動かされるものです。
その実態とは、本物の信仰からやって来ます。
「本物」と「偽物」の違いは、とどのつまり、聖書通りの内容をそのまま信じているかどうかです。
聖書が教える通りのイエス様ではなく、「私はイエス様をこう解釈する!」と、信仰を歪めて自分なりのイエス様のイメージを作り出して、信じ込んでしまっている人は山ほどいるものてす。
また、そのままのイエス様を知っていても、「なるほど」と参考にするだけで、受け入れず、イエス様に従っていない人もいます。
これは、本物の信仰ではありません。
「行いを通して伝道する」とは、世の中一般にいう、「この人は立派で尊敬できる」という人になることでしょうか?
聖書が語る通りのイエス様を知り、受け入れ、信じることから来る変化こそが、行いによる伝道ではないでしょうか。
次に、高い倫理観を持っていて、人間的に優しい人になることが行いによる伝道なのでしょうか?
正しい信仰を持って生きた結果、にじみ出て来る雰囲気や生き様なのでしょうか。
「行いによる伝道」という概念が、伝道をしない口実になったり、神によって変えられるのではなく、自分の頑張りや自作自演の立派さを演じる人になることがないようにしたいものです。
人は自分で自分を救えないからこそ、イエス様が来て下さり、十字架で死んで下さったのです。
一から十まで、すべてイエス様の恵みによって救われ、変えられていくのです。それを知って体験しているならば、伝道ほど楽しく、素晴らしいことはないはずです。
伝える自分自身も、それを受け取る相手も、感動があるものです。
最後に、伝道したことで何人が救われて、何人が教会に来るようになったのかと、単純に計算して数えるのではなく、結果は神様に委ねていきましょう。
蒔かれた種がすぐに実を結ぶこともあれば、いつの日にか、実を結ぶこともあるのです。
あなたは伝道するために生まれ、生かされているのです。その目的に沿って今日も生きていけたら幸いですね。
素敵な一日でありますように。
🧡<毎日更新>【動画メッセージ】
「主の訓練を素直に受け入れよう」
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<ドキュメンタリー番組>【路傍伝道ネットワーク 活動紹介】
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「編集後記的メッセージ 『神を拒否する性質からの解放』」
クリスチャンの信仰生活を難しく考える必要はありません。
イエス様が「ヨハネ15章のぶどうの木と枝のたとえ話」で教えられたように、イエス様にとどまることなのです。
枝がいくらがんばっても実を結ぶことはできません。しかし、木の幹にしっかりとつながっているならば、実を結ぶことができます。
クリスチャン生活を、がんばりでやっていくのではなく、イエス様を主と認め、イエス様につながり続けていくことこそが大切なのです。
それを阻むものは、「自分が主でいたい」からです。
今日、自分が主であることに固執している人がいたとしたら、自分が主であることを辞任し、主イエス様を主として、仕える人生に入っていきませんか?
これは簡単なようですが、簡単ではありません。
罪の力が、「神なんかいらない!」という神を拒否する考えに基づいているからです。
イエス・キリストが十字架にかけられた時に、ユダヤの指導者だけではなく、民衆の中からも罪の現われを見ることができます。
彼らは、口をそろえて、「除け、除け、イエスを十字架につけよ!」と叫び、バラバの釈放を望みました。
私たちの中にも、神を拒否し、古い自分を中心に生きたいという同じ性質が残っているのです。
私たちの罪のためにも、イエス様は十字架にかかって死なれたことを認め、感謝し、神に自分を明け渡し、委ねていきましょう。
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