
〈8/18(水)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22195 (写真入り記事)

「楽観的な人生観で生きよう!」
ノーベル文学賞を受賞した、旧ソビエトの反体制作家の「ソルジェニーツィン【Alexandr Isaevich Solzhenitsyn】(1918〜2008)」は、『楽観主義者とは、「どこもかしこもひどいことだらけでも、私はまだまだいい!」と、現状に満足し、いたずらに嘆かぬ人のことだ』と言いました。
私たちの住む世界は、昔よりも科学が発達したはずなのに、それで良くなった面もありますが、いろいろな面で悪くなり、住みにくくなっています。
人々の心には荒野があり、傷つき、苦しんでいます。
この世の中を生き抜くためには、「楽観的な人生観」を持っていなければやっていられません。
「楽観的な人生観」は、単なる「ノー天気」ではなく、現実を直視しつつも、「人生の明るい面」「人生の良かった面」を数えて感謝できる人のことです。
「ゴスペル・ソング(賛美歌)」に、♪数えよ 主(神)の恵み 数えよ 主の恵み 数えよ 一つずつ 数えてみよ 主の恵み♪という曲があります。
良かったことはすぐに忘れてしまうのに、なぜか、ちょっとした嫌なことばかりを記憶して、嘆いていることはないでしょうか。
今までの人生の中で、あなたに与えられた良いことを数えてみませんか。
きっと、5分も経たないうちにうれしくてたまらなくなるはずです。
楽観的な人生観は、未来を楽観し、「未来は良くなっていく!」と期待する心を持つことです。
大昔、友だち数人とビデオ鑑賞会をすることになりました。
ビデオをレンタル屋さんから借りてくる係になりました。
一人でこっそりビデオを観てしまいました。
「ハッピーエンド」の映画で、途中、つらく悲しいことがずっと続きます。腸がえぐれ、引きちぎられそうでした。
ところが、最後まで観てとてもうれしくなりました。
そして、ビデオ鑑賞会の当日が来ました。
みんなは、ドキドキしながら観ていますが、私は、一人安心しながら観ていました。結末を知っているからです。
私たちの人生は、「ハッピー・エンド」の映画みたいなものです。途中には、つらく悲しいことがたくさんあっても、最後は、「ハッピー・エンド」で終わるのです。
聖書は、あなたの人生にハッピー・エンドを約束します。
「わたしがあなたがたのために立てている計画は、平安を与える計画であり、将来と希望を与えるものだ」と語ります。
神を信じる人の人生は、「ハッピー・エンド」を知って生きているようなものです。
人生を、楽観的に、前に向かって人生を肯定的に、期待して歩んで行きましょう。
今日も素晴らしい一日でありますように。
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<ドキュメンタリー番組>【路傍伝道ネットワーク 活動紹介】
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「編集後記的メッセージ 『
昨日まで、あんなに心が燃えていて、神様を近くに感じていたのに、朝になると、ため息が出て、心が否定的になり、神様を遠くに感じるというようなことはないでしょうか。
出エジプトしたイスラエルの民は、日ごとにマナを拾い集めて、それを食べました。
同じように、私たちは、日ごとに聖書を開き、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つひとつの言葉によって生きる」と言われる聖書の言葉を食べたいものです。
なるほど、パンとは、食事を総称して言っておりますが、食事さえしていれば、体の命は保たれます。
しかし、聖書の言葉を食べないと、霊の命は衰退し、やがて死んでしまったかのように力を失ってしまいます。
人間は、霊・魂・体の3つの領域から成り立っています。
霊は、神と交わる領域です。
魂は、知識・感情・意思の領域です。
体は、霊と魂を入れる器です。
器だけが生きていても、そこに入れる命がなければ、意味がありません。
伝統的な教会の中には、形骸化し、力を失って行った教会があります。建物は立派で、伝統や組織は形として残っていますが、神によって与えられる命の実態がなくなってしまっているのです。
しかし、それに気づかないばかりか、人が去った教会堂を見ながら、人々や社会の不信仰を嘆くだけでは解決になりません。命を回復させなくてはいけません。
そうでないと、教会堂を売り渡さなくてはいけなくなってしまいます。
あるプロテスタントの名だたる教会は、カトリックに売り渡しました。カトリックなら同じキリスト教だから良いですが、イスラム教や他の宗教の施設に売ってしまった教会堂を数多く知っています。
あなた自身も、おいしいものをたくさん食べて、運動をして体が頑丈だとしても、霊と魂がしっかりしていなかったとしたら、空っぽの器に過ぎません。
あなたは、神の命を宿す器なのです。
神の命があるならば、自然に心が強くなり、前向きになり、肯定的になり、楽観的な生き方ができるようになるのです。
使徒パウロは、「・・・聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように」(第二コリント13:13b)と語りました。
その前にある、「主イエス・キリストの恵み、神の愛」(第二コリント13:13a)と共に、聖霊との交わりを持ちましょう。
それは、神の言葉を食べるところから始まります。
私のこのコラムは、何か新しい視点を紹介するのではなく、原点に返ることを勧める内容です。
聖書を読み、祈り、信徒の交わりをし、伝道をしましょう。そして、日曜日は教会へです。
今日も素敵な1日でありますように。
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