
〈8/30(月)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22173 (写真入り記事)

「心がうちに燃える体験」
聖書には、「しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった」(ルカの福音書24章16節)と書かれています。
弟子たちは、目の前にイエス様が来られたらわかるはずなのに、わからなかったのです。
しかし、今日私たちも似たような状況ではないでしょうか。
コロナウイルスがきっかけで、信仰が失われて教会を離れた人がいると言われています。また、恐れて過敏になり自粛警察になったり、心配で消極的になりコロナうつになった人もいます。
イエス様が遠く感じるようになってしまった人もいるのではないかと思います。
もしそういう状態にあるとしたら、私たちも目がさえぎられて、イエス様を認めることができない状態にあるのです。
イエス様を見失っていた2人の弟子たちに、イエス様の方から近づいて下さって、声をかけて下さいました。
イエス様は、頭ごなしに諭したり、教えたりするのではなく、「何があったのですか」と聞きました。
最高のカウンセラーです。
そして、心にあることをすべて聞き、受け止め、慰めた上で、はっきりと語りました。
「するとイエスは言われた。『ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光に入るはずではなかったのですか。』それから、イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを彼らに説き明かされた」(ルカの福音書24章25〜27節)。
その言葉を聞きながら、2人の心は燃やされていきました。
「そこでふたりは話し合った。『道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか』」(ルカの福音書24章32節)。
私たちは、日ごとにイエス様の言葉を聞くために聖書を開いて、聖書の言葉に耳を傾けましょう。
ただ知識として受け止めるのではなく、その真意を祈りながら聞くのです。
悔い改め、神様を近くに感じるようになって、神との関係が回復した分だけ心が燃やされていくのです。
神に立ち返り、神との関係において軌道修正しながら歩んでいきたいですね。
🧡【動画メッセージ】
「あなたは特別な存在」
https://youtu.be/erhgsk5SLlY

【御茶ノ水駅 路傍伝道】(後半)
https://youtu.be/6-0I6z1eFwg (正面)
https://youtu.be/UzZctdY5PnY (側面)

【路傍伝道ネットワーク 活動紹介】
https://youtu.be/es7hBtd_OdY

【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/cjurrCT8Xos (朝)
https://youtu.be/jaRSLglgd9U (夕方)

【四十代最後のメッセージ】(7月限定公開)
「私たちに与えられた救いと人生の目的」
https://youtu.be/g0MnAtSKtxM

「編集後記的メッセージ 『弱さを知って、神と共に生きる生き方』」
一瞬一瞬神に目を向け、神に聴き、神に頼るという姿勢が大切です。
人は物事が順調に進み、調子が良い時に気が緩みがちです。飛ぶ鳥も落とすような勢いで物事が絶好調な時にこそ、実は、1番注意が必要です。
物事がうまく進まず、調子が悪く、何をやっても空回りするような時には、自分の力の及ぶ範囲ではないと気づき、神に目を向けます。このような時の方が案外神に頼り、神の助けを得られるので、祝福かも知れません。
しかし、うまくいかない時には、やる気をなくし、あきらめて、投げ出してしまいたくなる誘惑があります。神に腹を立て、罪と悪魔に惹かれ、快楽に身をゆだねてしまう可能性があります。どんな時にも注意が必要なのです。
昔から、神の働き人、伝道者・牧師は「3つのG」に気をつけろと言われます。
1つ目のGは、ガール。異性の誘惑。
2つ目のGは、ゴールド。お金の誘惑。
3つ目のGは、グローリー。名誉の誘惑。
3つとも弱い人もいますが、通常、あることに対しては強いのに、あることに対しては弱いということがあります。
ある時、マクドナルドのレジ近くで、店員がお金の計算をしていました。テイクアウトで注文したお客さんに、その冊の束が入った袋を誤って渡してしまいました。
しばらくして気づいた店員は、真っ青になりました。しかし、それに気づいたお客さんがすぐに引き返してお店に戻って来て、返してくれました。
マクドナルドの店長は感動して、「今の時代にこんな美談はまずない。ぜひ知り合いの新聞社にあなたがたのことを載せてもらいたい。本当にありがとうございます」と言いました。
真っ青になったのはお金の入った袋を返しに来た2人でした。「実は、一緒にいる女性は家内には言えない関係の人なのです・・・」。
この2人は金にはきれいでしたが、異性の誘惑に負けて不倫をしていました。
人は、五十歩百歩、目くそ鼻くそ、どんぐりの背比べのように、本質的にはあまり変わりません。
だから、罪を犯していいというのではありません。
大切なことは、自分の弱さを知り、どんな時にも神に頼ることです。
そして、自分が罪の性質を持っていると共に、赦されたことに感謝をして、優しく、柔和な心で戒め合うことが大切です。
つまり、相手を憎み、相手の弱点を知って喜び、責め、排斥しようとするのではなく、相手を愛し、赦し、しかし、相手の罪を悲しみ、倒れないで罪から離れて生きられるように語るべきです。
「兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい」(ガラテヤ6:1〜2)。
罪を憎んで人を憎まず。神と人を愛し、悪魔に立ち向かう生き方をしていきたいですね。
油断禁物。クリスチャンに取っての油が断たれる状態は、聖霊に満たされていない状態です。
私たちは土の器です。聖霊の油が切れたらとても弱い存在です。しかし、主にあっては強く、何でもできる存在です。
聖霊に満たされる事を求めて、聖霊充満な1日を歩ませていただきましょう。
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