🖤〈7/17(土)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22160 (写真入り記事)
❣「こわれやすい土の器に宝が!」
「こわれもの注意」と貼られた荷物が宅急便で届きました。
このシールが貼られた荷物は、丁寧に扱われます。
しかし、私たち人間にはそのようなシールが貼られてはないですが、実際は、強そうに見えても弱い存在です。「こわれもの注意」なのです。
このことを意識しながら、お互いに相手に優しく、丁寧に、尊敬して接したいものです。
聖書は、私たち人間を「土の器である」と語ります。土の器は、こわれやすく、落としたら簡単に割れてしまいます。
しかし、その土の器の中に、神ご自身という宝を納めているのです。それゆえに、私たちは高価で尊い存在なのです。
「私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです」(コリント人への手紙 第二4章7節)。
「この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです」(コロサイ人への手紙1章27節)。
キリストを心に宿しているのです。私を強くして下さるキリストによってできないことはありません。
「主我を愛す 主は強ければ 我弱くとも 恐れはあらじ」です。
そのことを意識し、自覚しながら今日も生きていきましょう。
そして、互いにこわれやすい存在であることを意識しながら、優しい人にならせていただきたいですね。
🧡【動画メッセージ】
「一生の幸せと永遠の幸せ」
https://youtu.be/Nh4i8lxOIKg

【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/bUQOQRJcKqE (夕礼拝)

【秋葉原駅 路傍伝道】(前半)
https://youtu.be/AaJ9ip824ks (寄り)
https://youtu.be/_nIWRoWSqeI (引き)

【四十代最後のメッセージ】(7月限定)
「私たちに与えられた救いと人生の目的」
https://youtu.be/g0MnAtSKtxM

【TV番組 説教収録(限定公開)】
https://youtu.be/Jk4ENKwzpgQ (説教� �

【路傍伝道ネットワーク 活動紹介】
https://youtu.be/es7hBtd_OdY

「編集後記的メッセージ 『「ありのまま」と「わがまま」』」
キリスト教の伝道集会で語られる招きの言葉に、「ありのままでイエス様の元に来てください」というものがあります。
それを信じて手を上げて、洗礼を受けてしまうと、その次の週からは、「ありのままでいい」とは言ってはくれません。
「日曜日の礼拝を休んではいけない」「什分の一(月定)献金をしなさい」「奉仕表に名前を入れて奉仕をしなさい」「伝道しなさい」「信徒の務めを果たしなさい」となる場合があります。
もちろん、そういう教会ばかりではありませんが、ともすると、あの時「『ありのままでいい』と言ってくれた言葉は何だったの?」と思う人もいると思います。
しかし、「ありのまま」と「わがまま」を混同していると、「おかしい!」と感じますが、神を知らず、自己中心で、わがままで生きていた自分自身のままでイエス様の元に行き、救われ、神の子どもとされた後には、すぐに変われなくても、一歩一歩イエス様の似姿に変えられていき、本来のあるべき姿に近づくために、訓練が必要です。
しかし、もし訓練を受けられないとしたら、それは、「私生子であって、ほんとうの神の子ではない」と聖書は語ります。
「そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。『わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである』。訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです」(ヘブル12:5〜8)。
ここに出て来る「私生児」とは何でしょうか?
「法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子どもで、父に認知されていない子どものことを言う」そうです。
その状態は、何と寂しい事でしょうか?
世の中には、本当の私生児もいますが、しかし、父なる神は、みなしごの父であり、父なる神の元に帰って来る人を誰一人見捨てず、誰一人私生児のままにしておくことはありません。
ある人は、「神の子の特権はいただきたいけれど、訓練は結構です」と言いますが、そうはいかないのです。
訓練とは、楽しくないものですが、それは、より良き状態に成長することを願っての愛による「しつけ」なのです。
わがままな状態は、自分を苦しめ、人に迷惑をかけ、神の心を痛ませます。百害あって一利なしです。
しかし、ありのままの状態に成長していくならば、その生き方、あり方が自分を祝福し、他者を祝福し、神を喜ばせます。
悪い腫瘍を外科手術して切り取ることはしたくありませんが、でも、それを切り取るならば、健康になれるように、訓練は痛みを伴いますが、それを通して生まれ変わり、本来のあるべき姿に立ち返り、祝福の人生を歩めるならば、訓練を喜んで受けていきたいものです。
神の訓練は、教会生活だけではなく、1年365日、1日24時間、いつも神様が直接訓練をしてくださったり、人を通して訓練されることもあります。
「訓練と思って耐え忍びなさい」と聖書は語りますが、ただ耐え忍ぶだけではなく、感謝をして受け止めていきましょう。
「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります」(ヤコブ1:2〜4)。
試練を含めて、それを主の訓練と受け止めることができるとしたら、もうすべてのことを感謝する状態に限りなく近づいています。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」(第一テサロニケ5:16〜18)。
感謝にあふれた、素敵な1日でありますように。
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