
〈7/11(日)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22154 (写真入り記事)
❣「本当の神が自由を与えてくださる」
聖書は神について語ります。
最初の1ページ目を開くと、「はじめに神が天と地とを創造された」とはじまります。
神がいるかどうかを論じるのではなく、神がおられることが当然であるかのようにはじまっています。
しかし、この神とは、日本人の多くの人が考える「八百万の神々」のことではありません。「嘘八百」というように、無限で無数に存在するから八百と言っているのでしょう。少なくとも、30万近くはあるそうです。
聖書が語る神と八百万の神々の違いは、「人を造られた神」と「人が作り出した神」の違いがあります。
そこには、天と地ほどの差があります。
人が作り出した神々は、人の宗教心が作り出し、それを祭り上げ、それに手を合わせて、勝手なお願いをして、もし願いが聞かれなかった時には、「信心しているのに・・・」と文句を言うのです。まことに自己中心的です。
しかし、人を造られた神は、私たちの考えとは違うのです。
「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い」(イザヤ書55章9節)。
私たちの願った通りに答えてくれなくても、何も文句は言えないのです。
しかし、私たちを造られた全知全能の神は、「祈っていいよ」と言ってくださったのです。
祈るのが当然の権利であり、祈った通りにことが運ばなくても、「信じていたのに・・・」と文句は言えないはずです。
聖書が語る悔い改めとは、自分の理想が作り出した神々の勝手なイメージ、偶像を捨てて、聖書が語るまことの神を受け入れ、信じることです。
神は、ありのままの神ご自身を信じることを願っておられます。
もし、自分の理想に合わなくても、自分の考えと違っても、ありのままの神を信じなくてはいけません。
この方を信じ、受け入れ、従うなら、本当の自由が与えられます。
「私は道であり、真理であり、いのちである」と語られる人となった神、イエスを信じる時に、「真理があなた方を自由にする」のです。
自分のこだわりを捨てられないで、自分が作り出した神々に執着していると、罪の奴隷なのです。
🧡【動画メッセージ】
「悪を行う者に腹を立てなくてもよい」
https://youtu.be/1AUAoLfIZJo

【新宿福興教会 オンライン主日礼拝(生放送)】
一部礼拝 10時半〜
二部礼拝 16時半〜
https://sgr-ch.net (ホームページ)

【北千住駅 路傍伝道】(前半)
https://youtu.be/3DxGFsitV80 (正面)
https://youtu.be/u33WOeyYJ_4 (側面)

【四十代最後のメッセージ】
「私たちに与えられた救いと人生の目的」
https://youtu.be/g0MnAtSKtxM

【TV番組 説教収録(限定公開)】
https://youtu.be/Jk4ENKwzpgQ (説教� �

【路傍伝道ネットワーク 活動紹介】
https://youtu.be/es7hBtd_OdY

「編集後記的メッセージ 『金に頼るのか、神に頼るのか』」
お金は必要ですが、お金が多くあるからと言って充実感を感じられるとは限りません。
お金を多く持ち過ぎたことで、人間不信になり、誰も信じられなくなり、喜びも悲しみも分かち合えない寂しい人生を生きている人もいます。
お金がある人のところに人は集まるからです。おこぼれを頂戴したいという下心がある人もいるでしょうし、そこに人を引き寄せる何らかの力があるのでしょう。
しかし、お金がない人のところからは人が去っていきます。「貸してくれ」と言われたり、恵んであげなくてはいけなくなることがありますし、そこから人を離れさせる何らかの力があるのでしょう。
適度にお金がないと生きるのがつらく、生きることがつらいです。
「貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください」(箴言30:8)という言葉があります。それを祈りとしたいものです。
その上で、私たちを幸せにするのは「金(かね)」ではなく、「神(かみ)」であることを覚え、神に頼り、神との関係を深めていきましょう。
そして、神は必要を満たし、必要を備えてくださるお方です。
必要を心配しなくても、神を第一にし、神との関係を堅固にして生きているならば、神が満たしてくださるのです。この方を信頼しましょう。
「そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります」(マタイ6:31〜34)。
そこに心配からの解放と、真の幸せがあるのです。
神は、必要とあらば、いくらでも必要なものを満たしてくださいます。
ユダヤ人と言うと、億万長者ばかりいるように思われることがありますが、億万長者は一握りで、多くは貧しい人たちです。
国を奪われ、迫害され、のけ者にされ、抹殺されるような危機を何度も経験しました。
そして、極貧の時代も長く経験して来ました。しかし、一旦は追い出されたものの、イスラエルの土地は、神が与えられた乳と三つの流れる約束の地です。
ある時、その土地が売り出されました。それまでのユダヤ人は極貧の状態が続いていましたが、お金が必要になった時には、しっかり神がその額を与えてくださり、イスラエルは、ついには、国を再興することができたのです。
イスラエルは、試練・患難に会い、いつも危険と隣り合わせでしたが、神が守り、神が助け、神が救ってくださっているのです。
イスラエルを見たら、神が生きておられ、神がどのように人々を助けてくださるのかを見ることができると思います。
そして神は、聖書にしっかりと約束を与えられました。
神は、あなたを助け、備えられる神です。
あなたの人生の安定を「金」や「持ち物」に求めるのではなく、必要とあらば、いくらでも必要を満たしてくださる「神」において歩んで行きましょう。
今日は日曜日です。オンラインを含めまして、神を礼拝し、神との関係を強め、神と共に一週間をスタートいたしましょう。
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