
〈6/27(日)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22139 (写真入り記事)
❣「試練は祝福の時」
今日は、試練の素晴らしさについて考えてみたいと思います。
人は、ある時、自分の本当の姿をさらすようになります。特に、力を握った時です。
状況が変わることで、態度を変貌させる人を見たことがあるでしょうか?
力のある人の前ではへつらい、力がない人の前では横柄に振舞う人。
普段おとなしいのに、車のハンドルを握ると性格が変わって、乱暴な運転をする人。
選挙の前には腰が低いのに、当選してしばらくすると威張る政治家。
人気が出る前と売れるようになった後で態度が変わる芸能人、歌手、俳優、著名人。
まじめで品行方正だった人が、力を握った後に汚職に手を染めたり、贈収賄で逮捕されたり、スキャンダルまみれになる人。
人は、お金、権力、成功、名声、力、実績などを得た時に、隠れていた本当の姿を現します。
なまじっか苦労しないで成功したり、親の七光りによって苦労知らずのおぼっちゃん、若い時に才能が認められて有名になった天才少年など、人格が整えられる機会を通らないで力を得て、有名になって、スポットライトが当てられた時に醜態をさらしてしまう人がいます。
反対に、なかなか日の目を見ず、うだつが上がらず、試練続きで、「何で私ばっかり貧乏くじを引かなければならないの!?」と感じる人がいたとしても悲観しないで下さい。
試練の時に、人格が磨かれ、整えられ、鍛えられるからです。人生が思い通りにならなくても感謝し、喜んで下さい。今が、人生の中で最も重要なプロセスを通っているからです。
人格と器が整えられてから、力を得たら、鬼に金棒のように力強く、何をしても栄え、素晴らしい働きをする人になります。
東京スカイツリータワーを見に行ったことがあります。とても感動しました。スカイツリーは、地上に出ている部分だけではなく、タワーを建てる前に、深く深く地下を堀り、そこに土台を据えています。
試練の時は、人生で大きな働きをする前の土台作りの時です。このプロセスをバイパスして、苦労をしないで成功したいと思うものですが、土台がなしに高い建物を建てることが危険なように、人生で大きな働きをする人は特に、自分自身の土台作りに力を入れなければなりません。
思い通りに行かない時、傲慢な自我が砕かれ、忍耐が身に付きます。そして、本当の自分を知り、自分を受け入れ、謙遜になり、人格が整えられるのです。
聖書には、「あなたの始めは小さくても、その終わりは、はなはだ大きくなる」(ヨブ記8:7)。
また、「イエスは、・・・たとえを彼らに示して言われた。天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります」(マタイ13:31〜32)と書かれています。
はじめは小さくても、後や終わりに大きくなり、栄えるならば素晴らしいことです。日本のことわざで、「終わり良ければすべて良し」と言われますが、本当ですよね。
最初うまく行っても、後で取り返しのつかない失敗をしたり、全てがなし崩しになってしまったり、壊れてしまったとしたらとても残念ですし、悲しいことです。
長い試練を経験したとしても、人格が磨かれ、整えられ、鍛えられて、その後に素晴らしい働きをすることが理想です。
自分の先を越して行った同僚、後輩、うまく出世したように見える人を見て、自分と比較してあせったり、妬んだりする必要はありません。
「人は人」「自分は自分」です。与えられた自分の道を一歩一歩、真っ直ぐに進んで行って下さい。
「ダニエルよ、あなたの道を行きなさい。・・・終りまであなたの道を行きなさい」(ダニエル12:9)と聖書は語ります。
神様はあなたにも、「あなたの道を行きなさい。・・・終りまであなたの道を行きなさい」と語っておられるのです。
「千里の道も一歩から」です。今日も良い一日でありますように。
🧡【動画メッセージ】
「さよなら、クヨクヨ人生」
https://youtu.be/wBjAU1Bztzk

【中野駅北口2階デッキ 路傍伝道】(後半)
https://youtu.be/MPTOmnoeBSs (側方)
https://youtu.be/8lk_0TEEJ4o (正面)

【新宿福興教会 オンライン主日礼拝(生放送)】
朝10時30分〜 / 夕方16時30分〜
https://sgr-ch.net

【TV番組 説教収録】
https://youtu.be/GSO5W2lFUGY (祈り)
https://youtu.be/BYiPBvjiyt4 (説教� �

「編集後記的メッセージ 『真の現実主義者になろう』」
アブラハムは、神様から「今住んでいる地を離れて、わたしが示す地に行け」とだけ言われて、旅に出ました。
現在と違って昔は、旅に出るということは一大決心でした。
アブラハムは旅先で、自分の命を守るために、妻に「私の妹だと言っておくれ。そうでないと殺されるかも知れないから」と頼みました。
普通に考えたら、ずいぶんひどいことをするなと感じるかも知れません。
神から与えられた命令を実行するには、命あっての物種です。
アブラハムの立場に立ち、あなたがその場にいて、アブラハムとは違うもっと模範的な態度が取れるなら、それは神から与えられた信仰と勇気ですので、感謝すると共に、その時、はじめて批判できることでしょう。
私たちの人生は、きれいごとでは済まされません。
簡単に権力者を批判する人がいますが、自分が権力者の立場に立っているならば、同じか、もっとひどい態度を取ったかも知れないという謙遜な洞察力を持つことが必要です。
アブラハムは、現実的な人でした。だから、子がいないので、世継ぎを得るために奴隷の側女を通して子をもうけました。
アブラハムにただ一つ問題があるとしたら、現実的であるのは素晴らしいですが、その解決を神がしてくださるというところにまで思いが至らなかった点です。
後にアブラハムは、モリヤ山で正妻から生まれたイサクをささげました。神は、その信仰から出た行動を見て良しとされ、義と認められました。
人は成長するのです。
人を簡単に批判できる人は、案外、試練を通過していない人かも知れません。
試練が与えられたら、試練と向き合い、その中で葛藤しながら前進することです。
しかし、その時に大切なのは、神を信じ、神を迎え入れることです。
そして、あきらめないことです。
失敗しても、七転び八起きで立ち上がり、また神と共に前進することです。
それが真の現実主義者です。
あなたの歩みに主が共にいてくださいます。祝福を祈ります。
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