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2021年06月11日09:27

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6月11日 本日の一言メッセージ

クラクラ〈6/11(金)本日の一言メッセージ+動画+α〉

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22123 (写真入り記事)

❣「この道を歩む」

北原白秋 作詞 山田耕筰 作曲の「この道はいつか来た道」という童謡があります。

この道はいつか来た道
ああ そうだよ
あかしやの花が咲いてる

あの丘はいつか見た丘
ああ そうだよ
ほら 白い時計台だよ

この道はいつか来た道
ああ そうだよ
お母さまと馬車で行ったよ

あの雲もいつか見た雲
ああ そうだよ
山査子の枝も垂れてる

私にとっての「この道」は、聖書が語る「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」(ヨハネの福音書14:6)と言われた道です。「イエス・キリスト」のことです。

作家の三浦綾子さんは、この聖句から「道ありき」という本を書きました。

ご自分が教師をしていた時、敗戦後の子供たちに、国語の教科書の多くの箇所を「墨」で塗り潰させました。「これが正しい!」と教えて来たことを、「これは間違いだ!」と教えなくてはならなくなり、何も文句を言わずに教科書を「墨」で塗り潰している生徒を見ながら、「真理とは何か?」「自分は、これから何を教えたら良いのか?」苦悩し、迷いました。

道は、歩いて目的地まで行くためのものです。しかし、「途中で、間違った道を歩いていた!」と気がついたとしたら、修正して、正しい道を歩めばいいのです。

ある人は、ずーっと歩いて来たので、「今さら違う道を歩みたくない」と思うかも知れません。しかし、人生にはそういうことが起こり得ます。歩き続けることが大切なのではなく、修正してでも正しい道を歩むことが大切です。

聖書は、布教のための宣伝文書ではありません。人々が信じやすく、信じたくなるような技巧は施されていません。しかし、正しい道を教えます。

「この道」は、「いつか来た道」でもあります。

私たち人間は、神によって造られ、神のもとからこの地上に来ました。しかし、先祖であるアダムとエバは、神と共に生きる道を捨てて、悪魔に誘惑され、自分の思う道を歩み始めました。その結果として、人は不幸を経験し、死ぬべき存在となってしまいました。

しかし神は、2021年前の西暦元年にイエス・キリストをこの地上に送られました。そして、十字架と復活を通して、神に立ち戻る道を造って下さいました。

道は、踏みつけられて人を正しい方向に導きます。イエスは、十字架の上で人々に踏みつけられ、殺され、自らが、天国に続く道となられました。

私は、「この道」は初めて来た道であると同時に、「いつか来た道」であると思います。この道を歩み続けたいと思います。

今日は何をして過ごされますか?

三浦綾子さんの書物を読んだり、聖書を読んだりしながら、自分の歩んでいる道を確認し、顧みる時を持ってみませんか?

電車が線路の上を走るのは、道が決められてしまっているので不自由でしょうか? そうではありません。線路の上を走ってこそ自由なのです。

私たちも、天国に通じる道を見つけ出し、その道を歩んで行きませんか? そこに本当の自由と、確実な人生があるのです。


🧡【動画メッセージ】
「福音の力」
https://youtu.be/uW_9Xq_5o84


ハート(緑)【6/8(火)御徒町駅前 路傍伝道】(後半)
https://youtu.be/ycfHNxEGO3o
https://youtu.be/CKWlRHDppHs


ハート(紫)【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/g01Pzz4o1fQ (夕方)


ハート(矢)「編集後記的メッセージ 『人生を懸命に生きる』」

昨日は、半日時間が空いたので、運転免許証の更新に行って来ました。

受付は9時〜14時。ギリギリに滑り込んでも特に問題はないと思い、銀行に行くなど先に所要を済ませました。

手続きの後半に適性検査がありました。「メガネを使いますか?コンタクトレンズは入っていませんね?」と聞かれました。生まれてから一度も度の入ったメガネをかけたことがありません。サングラスや伊達メガネをかけたことはありましたが、一生メガネと無縁だと考えていました。

30歳頃までは、1.2〜2.0の視力を保っていましたし、その後も、1.0〜1.2を保っていました。

2回も適性検査に落ちてしまったのです。1度目は視力です。「これでは、普通免許も通りませんね」と言われました。ハンマーで殴られたような感覚でした。

以前、喘息で入院した時に免許証を執行し、半年以内でしたのでお金で買い戻せるということですが、私は、けん引二種と大型特殊二種以外のすべての免許を持っていますので、1つ1つ買い戻すと莫大なお金になりますので、大型二種、大型特殊、けん引、大型自動二輪以外を止むなく切り捨てました。

普通自動車免許を持っていないので、二種免許の適性検査の基準はより厳しいのです。

祈った後に2回目を受けたら、辛うじて通りましたが、深視力検査に落ちました。2回パンチを食らったような感じでした。も一度祈り、3回目でこちらも辛うじて合格しました。

合格したのが13時45分でした。14時までに合格できなければ、支払った手数料は帰って来ないとのこと。必死でした。

しかし、神様が助けてくださり、13時45分に合格し、13時50分からの講習の教室に滑り込みました。

視力が下がり始めたのは、明らかにスマホを常用するようになってからです。スマホは便利ですが、気をつけないと目を悪くするものだと思います。では、スマホを使わないで、ガラケーとPCだけで行けばいいかと言うと、それは時代に逆行するようなもので、難しいことです。

7月6日で50歳になりますが、昨日の出来事は、老いの練習の1つだったと思います。

人生を30年から35年に3区分して考えています。

1つ目の区分は、0歳〜30歳、もしくは35歳です。人生の準備段階です。

2つ目の区分は、30歳〜60歳、もしくは35歳〜70歳です。人生の本番です。

3つ目の区分は、60歳〜90歳、もしくは70歳〜105歳。人生の晩年であり、フェイドアウトしながら、バトンタッチをし、天国に引越しをする準備をする期間です。

これは1つの目安なので、どこまで生かしていただけるのかわかりませんので、50歳を迎えようとする今が本番ですが、同時に、いつ天に召されてもいいように、3つ目の区分も同時に生きています。

いきなり3つ目の区分に入っても、下り坂なので、気持ちが滅入ってしまう可能性がありますが、今から準備をしていたら、徐々に老いを受け入れると共に、あるものに感謝をする習慣身に着け、成熟を身に着けたいものです。そして、次世代や次々世代に持っている良きものを徐々に受け継いでいきたいものです。

1つ目の区分も素晴らしいし、2つ目の区分も素晴らしいし、3つ目の区分も素晴らしいと思っています。

しかし、世の中の価値観は、1つ目の区分を未熟であると考えるか、逆に、若いことに価値を置き、チヤホヤする場合もあります。

そして、2つ目の区分は、やっと本番が訪れたと思っていたら、案外あっという間に終わってしまうものです。

そして、3つ目の区分を迎えた時に、寂しさを感じないで生き生きできたら幸いですが、どうしたらそうできるのでしょうね。

私は、神と共に生きること。そして、神から与えられた使命を生き続けることだと思います。

「使命」とは、「命を使う」と書きますが、与えられ命を、神から与えられた賜物を活用して、召命に生きることです。

どの区分を生きていても、それぞれの使命があるからです。そして、その使命には優劣はありません。

今日は、越谷駅で17時から2時間路傍伝道をします。路傍伝道をしている2時間だけではなく、荷物の準備をし、移動し、30分以上前から伝道の準備をます。そして、伝道後の後片付けがあり、帰宅までの移動時間があり、帰宅後に活動報告の準備をしたら、ほぼ半日から1日がかりです。

しかし、路傍伝道は私に与えられた命の1つです。神と共に使命に生きる限り、空しくなったり、寂しくなったりすることはありません。

昨日は、運転免許証の更新に行った帰り道に、両親に会いに行ってきました。静かな暮らしをしていますが、とても充実しているし、元気そうでした。その姿を見て励まされますし、うれしくなりました。

両親の人生を一生懸命に生き続けている姿は、子どもに取って大きな励ましになります。

私とあなたが、懸命に人生を生き続けている姿は、必ず誰か励ましとなるはずです。

1つ目の区分を生きている人は、一生懸命に勉強をし、本番に向けてがんばってください。

2つ目の区分を生きている人は、完全燃焼しながら、時には老いの練習をしながらも、今を最高にいきたいものです。

3つ目の区分を生きている人は、「若い奴には負けないぞ!」という気概をどこかに持ちながらも、成熟すること。そして、若い人を妬んだりせず、支えてあげられるような大きな器を持つことができたら幸いです。

素敵な1日をお過ごしください。
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