
〈5/9(日・母の日)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22089 (写真入り記事)
❣「母の日に思う 父と母を敬う祝福」
母の日は、一般的に、「日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日」とされています。
日本やアメリカでは5月の第2日曜日を祝いますが、スペインでは5月第1日曜日、スウェーデンでは5月の最後の日曜日に祝うそうです。
母の日は、アンナ・ジャービス氏が亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会を持ち、そこで、白いカーネーションを贈ったことが起源とされています。
アンナの母への想いに感動した人々が、母を覚え、母に感謝することの大切さを認識し、1908年5月10日に、教会に470人の子どもとその母親が集まり、最初の「母の日」祝われました。そこで、アンナの亡き母が好きであった白いカーネーションを贈りました。
このことから、母親が故人である人は白いカーネーション、母親が健在な人は赤いカーネーションを胸に飾ることが習慣となりましたが、現在では、母親本人にカーネーションを贈る習慣へと変化してきました。
この機会に母親を覚え、感謝する時がもてたら素晴らしいと思います。
聖書は、「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである」(出エジプト記20章12節)と語ります。
一ヶ月後には父の日がやってきますが、聖書は、父親だけではなく、母親を敬うように教えます。
それは、父母のためというより、父と母を敬えた人が幸せになり、長寿の祝福が与えられると聖書は語ります。
父母との関係は、一番最初の人間関係です。この人間関係がうまくいっているか?まずくいっているか?で、他の人間関係に大きく影響します。
父親とうまくいかない人は、父は権威を象徴しますので、自分の目上の人、力のある人、権威のある人に対するアレルギーを持ちやすくなります。
時々、牧師である私に、非常に嫌悪感を持つ人に会います。よく聞いてみると、お父さんとの関係がうまくいってないようです。男らしい男性をはじめ、公務員、警察官、政治家など、力や権威のある立場の人に対して嫌悪感を持ち、敵対しています。
ある日、父親との関係がうまくいかない男性にカウンセリングをしました。やがて、「父母を敬わないこと」が罪であるとわかり、父に対する憎しみを赦しに変え、悔い改めのお祈りをしました。祈りながら男性は、嗚咽しながら激しく泣きました。
父親との人間関係が変わり、同時に、他の人間関係が改善され、トゲのない、謙遜で、明るく、ユーモアに満ちた方に変わりました。これが、この人本来の姿なのです。
これと同じように、母親とうまくいかない人も、人間関係に問題を抱えます。
ある男性は、母親とうまくいきませんでした。その母親を通して満たされない愛を女性に求めましたので、若い頃から、恋人がいない時期はなく、同棲生活もしました。やがて結婚をしますが、ほどなくして女性に逃げられてしまいます。現在では、3度の離婚歴があります。この方にもカウンセリングをしました。
母親を赦す祈りをするように促すと、「牧師先生、申し訳ないけれどそれだけはできないよ」と言うのです。しかし、最後は、渋々同意して、一緒にお祈りしてくれました。
祈りながらその方を見ると、静かに涙を流していました。お祈りが終わると、あどけない少年のようなすがすがしい顔になっていました。
祈る前は、母親に虐待され、冷たくされ、見捨てられた思い出しかなく、母親を巨大な怪獣のように感じていたそうです。しかし、母親を赦し、悔い改めの祈りをしたら、急に母親が小さく感じるようになり、何で、この小さく弱い母親を憎んでいたのかを後悔し、「母親にあやまりたい。感謝を伝えたい。しかし、今さらそんなこと言えないよなー」と、素直な気持ちを話してくれました。
聖書が、「父と母を敬いなさい」と語るのは、その本人の祝福のためにです。幸せで、長寿の祝福が与えられ、良い人間関係を築けるようになります。
今日、お母さんが健在なら、電話でもいいので、母親に対して感謝を伝えられたらいいですね。
良い日曜日をお過ごしください。
日曜日は教会に!
朝10時半
夕方16時半
新宿福興教会HP
https://sgr-ch.net
🧡【動画メッセージ】
「信仰によって生きるとは?」
https://youtu.be/nToBvum_L88

【上野駅アメ横前 路傍伝道】(後半)
https://youtu.be/M-hbbOVeHHI
※昨日、新しい携帯が届きました。iPhone se 第二世代の256ギガの在庫が切れていたので、約一ヶ月待たされました。ヨドバシドットコムで購入しましたが、在庫があれば、夜中に注文して、次の日に届いたこともありました。ほしいものがすぐに手に入るのも、必要な時にはありがたいですが、待たされるのも悪くありません。一昔前は、携帯は2年に一度変える人が多かったと思いますが、iPhone 6sを5年半使いました。私ほど携帯を多用している人はいないと思うほど、路傍伝道に、毎日の一言メッセージに、そして、メールのやり取りを始め、パソコンでやる以外の殆どの仕事を携帯一台でやってきました。最後は、動きが重くなり、壊れる寸前でした。この一ヶ月間、祈るような気持ちでした。新しい携帯を手にして、いつか同じようになると思うと、あんまり使いたくない気持ちになりますが、待たされて、やっと手に入ったので、大切に使いたいと思います。待たされることが忍耐を学ばされ、大切に思うように、すべてのことにおいて、忍耐力は大切な徳です。忍耐することは、誰もが嫌なことだと思いますが、忍耐が必要になった時、希望を持って耐え忍ぶことを選択したいものです。
聖書は語ります。「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです」(ローマ人への手紙5章3〜5節)。
思い通りにいかない患難が忍耐を生み出すので、患難さえも喜ぶのだと。そして、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す。その希望は失望に終わらないとあります。私が新しい携帯を一ヶ月待ったなんて言うのは、正直忍耐なんて呼べません。しかし、忍耐について考えるきっかけになりました。
すぐに成長できない自分に対して、他者に対しての忍耐。思い通りにいかない環境に対しての忍耐。そして、積極的には感謝をしながら生きる生き方の中に、間違いのない生き方があります。フライングをしたり、罪を犯したりするのは、忍耐ができない結果だからです。
神と共に、一歩一歩を歩ませていただきましょう。素敵な一日でありますように。
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