2021/03/04 8:46〜
木曜日
渡部学のコラム
何度も記事にしてること。
自分良ければ全てよし。
これは人類みんな同じこと。
悪とは自分にとって害あること全て。それは自分本人に起きる事柄だけでなく、感情、感覚的な嫌だと思う事も全て含む。
それは善人でも、悪人でも平等な害の全てが悪。
好きな事や幸せな事、楽しい事は自分にとって善い事なのは世界中の人々全員同じ。
だけど、善人の好きな事、幸せな事、楽しい事は、多くの人達が気にもならない不快や不満や害にはならない。だからいい。
でも、悪人と呼ばれる人達は自分のしてる事が好きな事、幸せな事、楽しい事が多くの人達にとって不快、不満、苦悩、苦痛、害であればそれが大問題なのです。
自分良ければ全てよしは全人類同じ。
好きな事、嬉しい事、楽しい事、幸せな事が続くならそれがいいのも全人類同じ。
なのに善人と悪人との差は歴然。
善人は多くの人が気にもならない。害にも不快にも不満にも苦悩、苦痛もないし、与えない。
基準がある。視点によって逆転する内容もあるが基準や考え方や正しい境界線が存在する。
とても天秤で測れないような不安定な内容でも必ず決定できる正しい境界線がある。
話を戻すけど。
好きな事続けたい、幸せな事を続けたい、楽しい事を続けたい、嬉しい事が続いて欲しい。
これは全ての人間に共通。
でも、その中にそれが許されない事が発生すると
善人と悪人が分かれる。
悪人と呼ばれる人達がどうして悪の所業を幸せな事となり、楽しい事となり、嬉しい事となるのか?
世の中には善い事なのに、やりすぎるとそれは悪くなる事がある。
世の中には悪いことなのに、悪を滅するために必要な悪が善となる事もある。
逆転する物事。
自制心や多くの人々が正しいと思える指針。
指針とは方位磁針のように揺れながら、正しく方位を教えてくれるように、考え方の正しいと示す多くの人達の考え方の方向性。
悪い事を好きだから、嬉しいから、楽しいから、幸せだからって理由があるとして
善人のそれとは違うのは、多くの人々が苦悩や苦痛、害や不快、不満が現れるからである。
だけど、理屈では善人あろうが、悪人であろうが全ての人間が共通してるのは
好きだから、嬉しいから、楽しいから、幸せだからする行動は同じである。
でも、違うとするならそこが問題なんだな。
世の中は善悪を超越者がいて。
悪すら悪にしない悪人がいてしまう。
でも、これは完成形だ。悪を悪にならず多くの人間がそれを悪だと害だと不快、不満、苦悩、苦痛だと思わない。
そういうシステムや感情や感覚的、考え方にしてしまう。
結果、善である。
だが、善とは悪があり善の事柄は善となる。
悪も悪の概念があるから善たり得る。
悪いとされる意識や考え方や行動、感情はなぜ現れる?
必要ないはずなのに。必要ない?
なかったら悪を滅する悪が必要なんて概念は発生しないよ。
悪人にとっても害や不快、不満、苦痛、苦悩があるのは必要だからだ。
悪は必要不可欠。
悪人すら滅するは最悪。悪人を抑制するのは悪。
何か昔どこかで聞いたセリフなんだけどね。
【最後に勝つのは悪人だと信じていたとか…】
最悪が善人の救世主。
悪魔で渡部学の持論です。
幸せな事、嬉しい事、楽しい事ずっと続くのは世界中全ての人に共通する善い事。
善悪の要はどうしてできる?善悪が逆転する内容があるのはなぜ?
悪とは世界中の人全てに共通して、不快、不満、害、苦痛、苦悩というのが悪。悪人にとってもそれは同じ。
それ以外は善。
悪を抑制するは悪。悪を滅するは悪。
言葉で当てはめようとすると逃げ場が生じる事はある。
だが、この理論に逃げ場はない。
コードブレイカー ナンバー123 能力 呪言
誕生日 12月3日
一級呪術師 障害者手帳 特殊一種一級
終わり
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