〈1/31(日)本日の一言メッセージ〉
「生きる目的」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21951 (写真入り記事)
私の人生の目的。これは探し出し、つかみ取ったのではなく、与えられたものです。
牧師となって、今のような生き方をしているのは、子どもの頃には想像もつきませんでした。
神学校に入学して、将来牧師になるための準備をし、訓練を受けながらも、今のような牧師になるとは、想像できていなかったと思います。
しかし、18歳でクリスチャンになった時、人生の目的がわかりました。
神様が目的を持って私を造られ、私のために計画を持っておられる。
これからは、自分のために生きるのではなく、キリストのために生きていくんだと。
しかし、目的を見失うことがありました。空しくなりました。
目的を見失うと、人と自分を比較して、自分が勝っているということに喜びを感じ、自分が劣っているということにつらさを感じました。
クリスチャンになって、あんなに喜びが溢れていたのに、これは一体なんだろう?と感じました。
せっかく人生に目的が与えられたのに、いつの間にかそれを忘れてしまったのです。
聖書には、「小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。ですから、あなたがたが不正の富に忠実でなかったら、だれがあなたがたに、まことの富を任せるでしょう」(ルカ16:10〜11)と書かれています。
忠実であり続けるためには、目的を知っている必要があります。
昔ロシアの刑罰に、A地点の水を汲んでB地点に流し、B地点の水を汲んで、A地点に流すことを繰り返す。
あるいは、A地点からB地点に土を運んで山を作り、作り終わったら、B地点の山を崩してA地点にその土を運んでA地点に山を作るという刑罰があったそうです。
ほとんどの囚人は気が狂って発狂してしまったそうです。
やることに意味も目的もないからです。
同じような作業でも、水を汲んで花壇に水をまいたり、土を運ぶことに意味や目的があるなら、ほとんどの囚人の目が輝いたはずです。
私の人生は神様のためにある。自分のためではない。
自分の栄光を現すためではない、神様の栄光を現すためにある。
自分を伝えるためではない、キリストの福音を伝えるためにある。
人々に仕えさせるためではない、人々に仕えるためにある。
人生が空しい。生きるのがつらい、などと感じるとしたら、その解決のためにイエス様を心に迎えて下さい。
イエス様は、ラオデキヤ教会に向けて、「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする」(ヨハネの黙示録3:20)と語られました。
教会に通っていたとしても、洗礼を受けていたとしても、イエス様を心の外に締め出している人がいることを教えます、
イエス様と出会えば人生の目的がわかります。
その目的を見失わないで生きて行くならば、人生はどんな状態であったとしても充実しているし、幸せを感じられるものです。
この幸せを分かち合うために、今日もいのちが与えられているのです。
【動画メッセージ】
「なぜこんなに美しいのでしょう」
【路傍伝道 生まれ故郷シリーズ】
https://youtu.be/uyvwlFAWmCo
「生まれ故郷での伝道」
1月29日(金)10時〜18時【新規伝道箇所開拓視察】『武蔵小山駅、戸越銀座駅、荏原中延駅、中延駅、旗の台駅、戸越公園、大森駅、大井町駅』
今日は、生まれてから成人するまで住んでいた生まれ故郷の東京都品川区を訪問して伝道しました。
その後、東京都東村山市、米国テキサス州ダラス市、韓国ソウル市、東京都大田区、東京都渋谷区と引越しを重ね、現在の東京都新宿区に住んで20年になりますが、久しぶりに故郷に帰れて懐かしい気持ちで一杯でした。
生まれ育った町は、武蔵小山商店街、戸越銀座商店街、中延商店街、荏原町商店街などに囲まれていましたが、どの商店街も健在でした。
武蔵小山駅、戸越銀座駅、荏原中延駅、中延駅、旗の台駅、戸越公園、大森駅、大井町駅の7駅と1つの公園のうちまともに伝道ができたのは、武蔵小山駅、大森駅、大井町駅の3駅でしたが、それぞれの場所で祈り、視察をすることができました。
路傍伝道ネットワークの世話人は4人ですが、今日は急きょだったこともあり、三密を避けて2人で行動しました。
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