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2021年01月15日15:26

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1月16日 本日の一言メッセージ

〈1/16(土)本日の一言メッセージ〉
「綱渡りの人生」

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21931 (写真入り記事)

その信仰の有無や質は、物事が順調な時には見えてこないことがあります。

ところが、問題に直面したり、多忙になったり、試練に遭遇した時などに、本当の姿が現われます。

神様は、その人の成長度合いに応じて対応を変えられます。十把一絡げではないのです。

信仰を持ったばかりの人には、祈った途端に問題が解決したり、祈ったと単に病気がいやされたり、目に見える形で神様が働いて下さることがよくあります。その人の信仰を育てるためです。

人間に例えるならば、母乳であったり、離乳食です。

しかし、成長に応じて、かたく、栄養価の高い食べ物を与えられます。

祈っても、すぐに問題が解決しないし、神が御顔を隠されて、神を信じることが難しい状況に置かれます。

信仰がない人は、すぐに神を信じられなくなります。教会を離れ、世の中の生活に戻ってしまいます。

しかし、信仰がある人に取っては、それが神様のテストであり、信仰を育てて下さる神の愛だとわかるので、神の御顔が見えなくても、それでも神様を信じ、それでも信仰を捨てることはありません。

むしろ、信仰が強められ、神様を信頼しながら前に進んでいきます。

もちろん、信仰が強い人も信仰が弱い人も、同じ弱さを持った人間です。

だから、不安になりますし、苦しくなります。

しかしそれでも、信仰を持っている人は神を否定することができないのです。

私は、のうのうと楽観的に生きているように見られますが、それは信仰の結果です。

毎日激しい戦いがあり、自分の弱さに直面し、神様に祈り、神様に頼りながら、一歩一歩歩んでいます。

厳しい激しい試練がやって来ると、「神様にゆだねます」と祈っても、ナイアガラの滝の頭上にロープを張って、綱渡りをしているような感覚になることがあります。

昔、ナイアガラの滝の頭上に、本当にロープを張って綱渡りをした人がいます。

多くの人が固唾を呑んで見守り、渡り終えた時には、大歓声が起こりました。

そして、「今度は、誰かを背負って渡りたいと思います。誰か私の背中に乗ってもらえませんか?」と言うと、下を向いたり、目を逸らしました。

一人の男の子が、手を上げて、「はい。僕が乗ります!」と言いました。

渡り終わった時に、この子どもに声をかけました。「恐くなかったの?」

「恐くなかったよ。僕のパパだもん」と言いました。

子どもは、自分では綱渡りができなくても、お父さんの背中に乗ってなら渡ることができます。

私は、この子の姿を想像しながら、私の天の父である神にゆだねて、主と共に綱渡りをしながら生きています。

聖書の言葉と、聖書に書かれた神を信じ、神におんぶしてもらいながら生きていきませんか?

信仰が成長すると、それだけ大きな問題や試練が与えられますが、同時に、大きな祝福も与えられます。

神と共に、一歩一歩歩んでいきましょう。

「聖歌588番 主とともにあゆむ(原題:Step by step)」
作詞・作曲:A. B. Simpson (1897)

主と共に歩む その楽しさよ 主の踏み給いし 御跡をたどる
一足 一足 主にすがりて たえず たえず 我は歩まん




【動画メッセージ】
「忘れるべきことと忘れてはならないこと」
https://youtu.be/VqnZsikzOZY




【断食祈祷聖会】
https://youtu.be/4a8Fsqvbcqo (その4)




【大久保駅 路傍伝道】
https://youtu.be/0iiGtcnGWrc (後半)
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