今朝は寝坊せずに起きる事が出来た。
テレビのニュースで、大雪のニュースを流している。
中国地方、山陰の辺りが特に酷いらしい。
九州でも積雪があると云うから、酷いものだ。
何れにせよ、日本海側は警戒を要するだろう。
シャワーを浴びて支度をする。
6時10分頃にチェックアウト、駅に向かう。
雪そこまで激しく降ってはいないが、かなり積もっている。
市の職員が除雪車で作業していた。
駅ではしきりに「奥羽本線、山形線新庄方面は終日運休」と案内していた。
また、奥羽本線福島行きが米沢止まりになるとも案内している。
板谷峠が積雪で不通になるかも知れないので、その対応なのだろう。
仙山線の始発、6時28分の仙台行きに乗車した。
E721系の4輛編成。
仙山線も18時以降は運休になるそうだ。
普段なら18きっぷトラベラーでそれなりに乗客がありそうなのだが、コロナと大雪で車内は閑散としている。
仙山線の始発は定刻に発車。
北山形で奥羽本線、山形線と別れて仙山線に入る。
うっすらと車窓が見え出して来た。
窓に降った雪がへばり着き、氷塊になって行く。
その奥の景色は一面の銀世界。
モノトーンが支配する。
高瀬を過ぎると、山間部に入り勾配がきつくなって行く。
影絵の様に立ち並んだ木々が、流れて行く。
立石寺の最寄りである山寺も、雪に霞んでいる。
ここから、面白山越えに挑む。
昨日買っておいた、フライドチキンバーガーと紅茶で朝食を取る。
雪が深くなり、速度が下がる。
面白山高原を出て仙山トンネルに入る。
このトンネルはかつて丹那トンネル、清水トンネルに並ぶ日本三大トンネルであった。
仙山トンネルを抜けると宮城県、奥新川に到着。
新川川に灌ぐ支流が深い谷となり仙山線を横切る。
木々も渓谷も雪に覆われて白い世界を作り出している。
作並で山形行きが停車していた。
ニッカウィスキーの蒸留所の最寄りであり、温泉もあるが、まだ朝も早くひっそりとしている。
段々と雪が浅くなり、山の気配が薄れて来る。
視界が広がり色々な建物が目に入る。
陸前白沢で作並行きが停車していた。
全く、乗客がいない。
陸前白沢からはもう、仙台の郊外と云う赴きになる。
愛子には、ホームに10人ちょっとの乗客が列車を待っていた。
山形を出て、初めての乗客だと思う。
陸前落合でも山形行きの列車が停車していた。
この列車には多少の乗客がいた。
薄曇りの空に、太陽がぼやけながら顔を覗かせている。
葛岡から国見に掛けて、仙台近郊とは思えない山の中を走る。
国見で愛子行きが停車して、何人か乗車があった。
地下鉄との接続駅である北仙台でも、愛子行きが停車していた。
いつの間にか雪も止んでいる。
東北新幹線の高架が近付いて来て、仙台に到着。
反対列車の遅れで4分の延着との案内がある。
次は8時20分発の仙石東北ラインの石巻行き。
実は仙石東北ラインは今回が初めての乗車。
折り返しの列車が入る直前、常磐線原ノ町行きが発車して行ったが、発車メロディがHOUND DOGの「ff」だった。
仙石東北ラインの快速石巻行きはHB-E210系の4輛編成。
交流電化の東北本線から直流電化の仙石線に乗り入れる為、ディーゼルハイブリッドシステムを採用した気動車である。
8時22分、HOUND DOGの「ff」に送られて発車。
2分の遅れである。
加速も良く、車内も広々としている。
速度も早く電車と比べ何ら遜色は無い。
むしろ、さっき乗車した仙山線などより余程速い。
ただ、時折響くエンジン音は、矢張り気動車だ。
塩釜を出て暫く行くと、トンネルの間に松島・岩井島が見える。
かなりの速度で走っているから、一瞬だけしか見えない。
そしてまた!トンネル。
仙石線の線路が迫って来る。
そして、東北本線を縦断し仙石線に入る。
この連絡線が、新しく出来た路線である。
そして、高城町に到着。
高城町で、仙台行きと交換。
雪晴れの大地を走る。
鳴瀬川を渡る路線が新しい。
そして、陸前小野に到着。
仙台行きと交換する。
2016年4月に、石巻から仙石線に乗車した時には、この陸前小野までしか運転していなかった。
一つ手前の矢本から松島海岸まで代行バスに乗車したのを覚えている。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1941251822&owner_id=5677348
陸前赤井でも、仙台行きと交換。
石巻には定刻の9時21分に到着。
次は9時33分発の女川行き。
列車は定刻に到着。
キハ110の2輛編成。
石巻線に乗るのも20年振りだ。
石巻を出て、ゆっくりと北上川を渡る。
北上川を渡り、陸前稲井に到着。
雪は浅く、表面を覆う程度。
晴れ渡たり日が射すから、少し眩しい。
田舎の住宅地と云う雰囲気の中を走る。
石巻の市街を抜け沢田を発車したら、万石浦に沿って走る。
浦宿を出ると万石浦に別れを告げ、牡鹿半島の付け根を走る。
トンネルを抜けると終点の女川。
定刻の9時59分の到着。
そのまま、折り返し10時9分発小牛田行きとなる。
20年振りの女川は、ホームも駅舎も全く当時の面影が無かった。
10時9分に発車して、もと来た路線を走る。
万石浦を眺めていたら、職場から電話があった。
休みの時に連絡があると、何か大変な事が起きたのかとドキッとする。
10時35分に石巻に到着。
女川行きと交換する。
仙石線から離れて石巻線を走る。
ここから小牛田までは、4年振りの乗車。
前谷地には10時55分着。
ここで気仙沼線へと乗り換える。
4分の接続で柳津行きがある。
キハ110の単行が停車をしている。
気仙沼線に乗るのも20年振り。
あの、東日本大震災で不通になり、柳津から先は復活しなかった。
和渕を出て、江合川を渡る。
これは北風の支流で、気仙沼線は北上川に沿って柳津まで走る。
のの岳を出て、迫川を渡る。
そして、北上川を渡ると終着の柳津。
ここから先は、気仙沼線BRT。
気仙沼線の線路を利用した、バス専用道を走る。
なので、一般の路線バスと違い定時性が確保される。
鉄道に比べ経費も掛からないし、良いアイデアだとは思う。
ただ心配なのは、馬鹿なロードレーサー等が勝手に入り込んで走ったりしないか、と云う事だ。
何せもとが線路だから、自転車にとっては物凄く走りやすい。
11時44分発の気仙沼行きが到着。
乗客は僅か6人。
北上川の支流、 南沢川に沿って走る。
もとが線路だから、バスの車体ギリギリしか無い。
それでも、駅間でも交換出来る様に道幅が広くなっている箇所もある。
実際に陸前横山と陸前戸倉の間で、柳津方面行きのバスと交換した。
陸前戸倉を出ると、三陸海岸に沿って走る。
そして、国道45号線に入る。
八幡川に掛かる橋を渡り、志津川に到着。
ここで一人下車した。
国道を離れて南三陸町の中心部に向かう山道に入る。
清水浜の駅名板が見え、南三陸町の町役場が近付いて来た。
そして、南三陸町役場・病院前に到着。
また一人下車した。
恐らく、バスの特性を活かして南三陸町内の要所要所を廻っているのだろう。
再び、旧気仙沼線のバス専用道へと入った。
元々、柳津から先は鉄道公団が建設した新しい路線で、規格も高く、長大トンネルで抜けて行く。
なので、余り便利の良い所に駅は作られなかった。
清水浜で柳津方面行きが停車していた。
本吉と小金沢の間でも、前谷地行きと交換
小金沢の手前で、再び国道45号線に入る。
陸前階上の手前で専用道に入る。
陸前階上には気仙沼線のプラットホームの一部が残っていた。
ここで一人乗車して、最知で一人下車する。
松岩で柳津方面のバスが停車していた。
不動の沢で一人乗車。
気仙沼の町を大回りして、大船渡線が近付いて来る。
並行して走り13時27分、気仙沼到着。
気仙沼にポケモンのラッピングされたキハ110が停車していた。
駅にもポケモンが色々と飾られている。
勿論、駅前にも。
次のバスまで一時間程あるので昼食でもと思ったが、それらしい店や駅弁、駅そばすらなかった。
仕方がないので、駅構内の売店で、安っぽいチーズバーガーを購入。
ついでにお土産を物色。
更に駅前で営業していたお土産屋さんにも行ってみた。
それで、色々と購入。
これが私の悪い癖で、ついつい色々な物を買ってしまう。
そして、鞄もパンパンになり、両手でも持ちきれない程の荷物を抱える事になる。
勿論、財布にも優しく無い。
待合室には結構な人がいたが、 14時21分の大船渡線一ノ関行き、その後に出る臨時のポケモン号の改札で殆ど行って仕舞った。
14時30分発の大船渡線BRT盛行き快速に乗車したのは僅かに6人だけだった。
次の鹿折唐桑で一人下車、そして早くも国道45号へと降りる。
バイパスの様な道路で、トンネルが連続しどんどんと進んで行く。
かなり速い。
トンネル区間を過ぎたらバイパスを降り、45号の旧道へ。
唐桑大沢に停車、また一人下車する。リアスの海岸線がちらり、ちらりと見える。
本当に良い天気だ。
岩手県に入り最初の停留所である長部に停車。
リアスの半島を越えて、平地へと降りて行く。
陸前高田の町が見えるが、海辺には空地ばかりが目に付く。
そんな中、東日本大震災の大津波でも流されなかった、奇跡の一本松が見えて来た。
そうして、陸前高田の町に入る。
空地だらけの何も無い、殺風景な空間。
例えて云うなら、出来てまだ利用されていない埋め立て地の様なもの。
9年も経ってまだこの有様である。
阪神大震災から9年経った2004年は、もう遠い過去の話になっていたのだが。
全ての物を流し破壊する津波の傷痕は深い。
小友の手前で、専用道へ戻る。
その小友で一人下車。
またリアスの半島を越えるから、リアス式の海岸線がちらり、ちらりと眺められる。
しかし、バスだからかなり激しく揺れ、思うように撮影は出来ない。
碁石海岸口で一人下車。
半島を降りて来るから、大船渡湾の入口が良く見渡せる。
平地に降り立ち、大船渡丸森で一人下車。
乗客は私ともう一人だけ。
その最後の一人も大船渡で降りて仕舞った。
しかし二人乗車して来たので、ぼっちにならずに済んだ。
大船渡の停留所の隣に、大船渡プラザホテルが建っていた。
20年前に泊まったホテルであるが、前はもう少し駅から離れていたように思う。
当時、大船渡の呑み屋でホヤの釜飯のセットメニューを食べた記憶がある。
確か「うら嶋」と云う店だったと思うのだが、まだ営業されておられたので何よりだ。
また、大船渡で泊まって「うら嶋」で食事をしたい。
大船渡から先は、実は未乗区間。
20年前、大船渡で一泊した時には、到着時間の関係で盛までは行けなかった。
行って、折り返して来たらかなり遅くなって仕舞う。
盛からタクシーでホテルまで行く事も考えたが、私一人だけではなかったから、そこまで無理も出来ずに泣く泣く諦めたのだ。
それから20年、余りにも長い時間が経った。
レールは剥がされ、バスが走る。
しかし、かつての路線跡をバス専用道にしているから、流れる車窓は鉄道のそれと変わらない。
15時44分、盛に到着。
盛は、三陸鉄道と、貨物専用の岩手開発鉄道との接続駅。
広い構内には、岩手開発鉄道の貨車が何輛も留置されている。
次の三陸鉄道宮古行きは16時54分発。
一時間以上もある。
なので、三陸鉄道の「鉄道むすめ」グッズを物色したり。
駅近くのJOIS大船渡店で買物したりと時間を潰す。
特に、晩飯の用意をしておかないと、盛には何もなかったし、釜石には駅そばはあったが、乗り継ぎ時間が余り無いので、現実的では無い。
また呑まず食わずの旅になるかも知れないから、食糧だけはしっかりと購入した。
駅に戻り、列車を待つ。
16時44分頃、三陸鉄道の三陸鉄道36-700形気動車が入線。
16時54分、宮古行きが発車。
三陸鉄道の駅員が手を振って見送ってくれた。
乗客は僅かに3人だったのだが。
辺りはもう真っ暗闇の世界。
なので、呑み鉄をする。
メニューは先程買って来た弁当。
恋し浜と云う駅は、ホタテが名物らしく、駅舎もホタテの貝殻に埋もれていた。
17時41分、釜石に到着。
盛岡行きは17時47分、あわただしく乗り換える。
キハ110の2輛編成。
釜石線に乗るのは8年振り。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1864739292&owner_id=5677348
小佐野で釜石行きと交換。
勾配を上がって行くのが解る。
段々と雪が深くなって来る。
車窓は真っ暗闇だが、勾配を上がっているのは雰囲気で解る。
陸中大橋を過ぎて、オメガカーブで仙人峠に挑む。
眼下に先程停車していた陸中大橋駅の灯りが見える。
もう少しでループ線になりそうな線形。
取り敢えず、ここから先の乗り換えの為に運行状況を調べてみたら、Twitterで、北上川が18時35分の段階で、大雪の影響で終日運転見合せと云う情報が入った。
https://twitter.com/JRE_Tohoku_A/status/1344578938605977601?s=19
予定を変更し、そのまま終点の盛岡まで乗る事にした。
今日中に秋田に向かうには、21時36分発の「こまち43号」に乗らねばならない。
勿体ないがやむを得ない。
乗車券と特急券を買い、時間があるから年越しそばと思ったが、飲食関係は全て閉店していた。
仕方がないので、またお土産コーナーを覗いて見る。
そのうち、時間になったから新幹線ホームへ。
16号車3番A席に乗車。
秋田新幹線に乗るのは18年振り。
大釜で反対列車が遅れており、4分程延発する。
赤渕を出ると県境の山越え、仙岩峠に挑む。
大曲で奥羽本線に入り、23時2分、秋田に到着。
東横イン秋田駅東口、1121号室にチェックイン。
部屋でカップの蕎麦で、年越しそばとする。

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