mixiユーザー(id:16600073)

2020年12月20日17:03

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蘭奢待 の雑感

今日の大河で登場することから、にわかに話題になっている蘭奢待。ウィキペディアに蘭奢待を切り取った人物として足利義満、義教、義政の次に挙げられているのが土岐頼武。

土岐頼武というと、後に斎藤道三に追放される土岐頼芸の兄で、頼芸に美濃から追放されては、朝倉に援軍を出してもらって戻ってくる…というのを繰り返した人。権力的にはかなり不安定だったわけで、そんな人が何で蘭奢待の切り取りを許可されたのかという疑問。

で、よく分からないなと思って、ネットでいろいろ見ていたら、
・土岐頼武が切り取ったという根拠は後奈良天皇の日記
・しかし、そこに記されている土岐頼武の法名は、実際の頼武のものとは違っていた。
・当時の人物で 日記にあるのと近い法名を探すと、能登畠山氏に最盛期をもたらした畠山義総が浮上。
・畠山であれば 家格として見劣りしないし、当時は権力的にも安定していた
・後奈良天皇が、濃州(美濃)守護と能州(能登)守護を聞き違えて、そのまま日記にしたのではないか。

という説が唱えられていた。確かにこっちの方が腑に落ちるなと。

しかし、畠山義総が切り取っても後奈良天皇は特に何も言われなかったのに、信長だと正親町天皇が不満タラタラだったわけで、やはり家格の差というものなのかなと。
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