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2020年11月22日12:16

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石神井川散策&昨晩はやけ飲み

昨日はお客さんの付き添いで石神井川沿いを往復しました。ここを歩いたのは確か半年ぶりくらいです。
帝京大学附属病院付近の御成橋から下流方面に向けて歩きますが、この付近は特に川が曲がりくねっている箇所になります。
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この先でいくつかの橋を通過して、埼京線の下をくぐると間もなく谷津大観音が見えてきました。
観音像は少し離れたところにある寿徳寺のもので、ついでに寿徳寺にも立ち寄ってみました。
ここは近藤勇の菩提寺として知られ(墓は板橋駅前の境外墓地にありますが)、正面の門の隣にも近藤勇が描かれた石碑が立っています。近藤勇の墓がある寺は他にも三鷹の龍源寺、会津若松の天寧寺が有名ですがそれ以外にもあり、分骨されている可能性があるので一つだけ本物であとは偽物ということはまずないと思いますが、どれが本家本元なのでしょうか?
また、寺の塀越しに南天が実をつけていましたが、珍しいオレンジ色のものでした。
その後は対岸から音無もみじ緑地を見ました。石神井川の水辺に近づける数少ない場所ですが、今は工事中で入れないようですね。
そしてこの少し下流の紅葉橋を渡って折り返し。ここには金剛寺があり、鎌倉幕府が成立する少し前に源頼朝の軍勢がここで布陣して弁天堂を建立したり田地を寄進した場所という言い伝えもあります。
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その後は対岸を歩きながら引き返し、金沢橋のそばにある加賀公園で小休止。
ここは加賀藩前田家下屋敷跡で、その縁からか金沢の尾山神社にある神門のステンドグラスを模したモニュメントが設置されています。金沢は通過したことしかないのですが、神社なのにステンドグラスがある尾山神社は写真で見ても美しさが分かるだけに、いつか訪れてこれの本物を見てみたいです。
そしてここからは、隣の野口研究所内にある「電気軌道(トロッコ)線路敷跡」を見渡せます。この場所も含めてこの辺一帯に軍需工場が点在し、それらを連絡するために設けられていた貨物線になります。跡地は生活道路や住宅街に埋もれてほとんど残っていないだけに、おそらくここが唯一形が残る軌道跡ではないかと思われます。
そして、この隣には軍需工場当時の弾道検査管や煉瓦製の標的壁も保存されています。
また、この弾道検査管のある場所と野口研究所の間にマンションができたために敷地は分断されてしまっており、奥の方に古い建物が見えるもこの場所は特に何も使われていない様子で、廃墟化した小屋も見えました。せっかくこういうのがあるのなら、古い建物と併せてきちんとした形で保存し、公園とか資料館のように整備してもいいのにと思うのですが。
その後は往路の御成橋を通り越して旧中山道方面に向かい、最後に縁切榎に立ち寄りました。
悪縁を切り良縁を結ぶとされているため、病気という悪縁を断ち切る=回復祈願などが書かれた絵馬が多いですが、中にはリストラされた従業員の連名で「パワハラなどを繰り返した末に我々を不当解雇した極悪企業○○が一日も早く廃業することを願う」という怨念めいたものもありました。どれだけ効果があるのか、私も試しに(以下略)
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退勤後は、翌日休みということもあり適当に酒などを買って帰り宅飲み。やけ飲みしたい気分でしたが、1本だけ飲んで酔ったので終了。取り敢えず今日はゆっくり過ごします。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/7346025.html
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