今日は久し振りのイベント参加。
アニメ関係のコスプレは随分と久し振りだから、色々と見付からない。
化粧セットやら何やら。
ウィッグネットが最後まで見付からない。
黒いのは見付かったが、白いのは結局見付からなかった。
予定より一本遅れて、8時40分烏丸発の快速急行で出発。
梅田で9時30分発の新開地行きの特急に乗り換える。
高速神戸では須磨浦公園行きの特急を遣り過ごし、10時17分の姫路行き直通特急に乗車。
10時58分に高砂到着。
臨都閣下と合流。
駅から15分程で、登録受付場所である高砂地区コミュニティセンターに到着。
着替えて、高砂センター街や高砂銀座商店街へと繰り出す。
衣裳は銀魂の銀さん。
高砂銀座商店街に、田中模型店なる店があり、レトロなプラモやらがありかなり気になった。
ドラムマガジンのトンプソンは、これがあればこのコスプレが出来る。
その向かいにある、茶そば・穴子「そらまめ」で昼食。
先ずは加古川の盛典、特別純米。
そして、名物「穴子せいろ蒸し」を頂く。
流石は、穴子の町高砂。
実に旨い。
食後、商店街を抜ける。
入口の宣伝文句の広告が良い。
国鉄高砂線の跡を眺める。
動輪が展示している。
かつての高砂駅の跡だったのだろうか。
その先に、十輪寺がある。
伝承によれば、815年(弘仁6年)空海が唐から帰国した後に、「地蔵十輪経」に基づき、勅を奉じて、鎮護国家の祈祷書として、地蔵山十輪寺と号して作られた真言宗の寺院。
1207年(建永2年)法然が地元の民に教えを広めたことから、法然の弟子の信寂房が、法然を再興の祖として浄土宗の寺院になった。
お詣りをして、御朱印を頂く。
ご住職様のご厚意により、撮影させて頂いた
続いて、申義堂へ。
姫路藩主酒井忠実によって設置された学問所で、姫路藩の家老である河合寸翁が、庶民を対象とした英才教育を行うことを目的に申義堂を開設した教育施設。
開設以来、申義堂で講義した教授として、宗像芦屋、小林梧陽、三谷松圃、三浦松石(娘が美濃部秋芳の妻であり、美濃部達吉の母である)、頼山陽、頼支峰、頼三樹、貫名海屋、篠崎小竹、後藤松陰、岡田半江、勝海舟、藤本鉄石と、そうそうたるメンバー。
太平洋戦争中には、陸軍兵士宿舎となり、終戦後は倉庫になっていたのを、解体調査の上、復元したそうだ。
江戸時代の民間教育施設の遺構は実に珍しい。
港の方に抜ける途中、三菱製紙魚町倶楽部なる洋館があった。
1904年(明治37年)、神戸製紙所高砂工場内に、アメリカ人技師長M.J.シェイの居住施設として建設された、所謂、異人館である。
こう云う建物がさらっと残っている事に驚愕する。
港まで出ると、江戸時代に松右衛門帆の発明や日本各地の港の改修で名を遺した、工楽松右衛門の旧宅がある。
択捉島や函館、鞆の浦など名だたる港を整備した。
一説によると、新巻鮭(荒巻鮭)を考案したのも工楽松右衛門であると云う。
最後に、高砂神社へ。
相生の松で知られ、能・謡曲の『高砂』の舞台の一つである。
社伝によれば、神功皇后の西征は大己貴命の加護によって果たされ、神功皇后の命により大己貴命が当地に祀られたことにより創建。
お詣りしたあと、御朱印を頂く。
おみくじを引いていたら、見たような方が近付いて来る。
アイヘンドルフさんだった。
Twitterを見て、わざわざ来て下さったみたいで、恐縮する。
岡山のイベントなどの話で盛り上がる。
神社を出たら、 猫さんがいた。
何故かシルヴィアン氏にすり寄って来る。
盗撮された。
https://twitter.com/adolfax/status/1322792724525805568?s=19
アイヘンドルフさんと別れ更衣室へ。
私服に着替えて高砂発16時38分の梅田行き直通特急に乗車。
梅田から阪急の特急に乗車。
高槻市でまなにゃーさんと合流。
サイゼリヤでアフター。
そして、カラオケへ。
まなにゃーさんが「バトルアスリーテス 大運動会」の「Tsubasa」なんか歌うから、懐かしさの余り涙が出た。
思い出す学生時代、この、阪急高槻市駅でバイトしていた頃を。
今日のセトリ。
THE SEASIDE STORY (BUCK-TICK)
EGO DANCE (SOFT BALLET)
20th Century Boy (T. Rex)
Everyday is like Sunday (Morrissey)
だからここに来た (岡林信康)
香り (外道)
KMTR645 (レキシ)
Like The Way We Were (Lillies and Remains)
ワルシャワの幻想 (ザ スターリン)
Angel's Voice (UP-BEAT)
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