豪雨3か月 児童がボランティア
10月04日 19時07分
ことし7月の記録的な豪雨で被害を受けた福岡県大牟田市に、4日、福岡市の小学校の子どもたちがボランティアで訪れて、被災した住宅などの復旧作業にあたりました。
福岡市の福岡教育大学附属福岡小学校の5年生20人あまりは災害ボランティアに取り組む人から話を聞く授業の一環として、4日、大牟田市の山あいにある上内地区を訪れました。
大牟田市では豪雨から3か月近くたった今も住宅や農地の復旧作業が続いています。
崖崩れでみかんの木が埋まる被害を受けた畑では、子どもたちがボランティアグループのメンバーとともに土や砂をスコップで取り除く作業にあたりました。
参加した男子児童は、「自分たちも被災した方々の役に立てるという実感や達成感を得られてうれしいです」と話していました。
また、裏山が崩れて土砂が流れ込み、全壊となった住宅では、子どもたちが壁や下駄箱にこびりついた泥をたわしやブラシでこすり落としていました。
この家に住む60代の男性は、「本当に助かります。子どもたちには感謝でいっぱいです」と話していました。
参加した女子児童は、「泥がついている壁が多くてたくさん土砂が入ったことがわかりました。被害に遭われた方の心を軽くできるよう頑張りました」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/fukuoka-news/20201004/5010009596.html
コロナでボランティア不足も課題
10月04日 16時28分
豪雨から3か月、被災地では住宅の泥だしなどのボランティア活動が続けられていますが、新型コロナウイルスの影響で対象が熊本県内の人に限られているため、依然として人手不足が課題となっています。
このうち、熊本県球磨村の、球磨川沿いの住宅では、4日、熊本県合志市の市民など9人がボランティア活動を行いました。
参加者は住宅の敷地の裏にたまった土砂を、スコップなどを使って取り除く作業にあたっていました。
今回の豪雨では新型コロナウイルスの影響で、ボランティアの募集は原則、県内に限られていて、各県の社会福祉協議会によりますと、この3か月間に活動したボランティアの数は熊本県では延べ3万4000人と、4年前の熊本地震や、おととしの西日本豪雨の広島県に比べて40%以下にとどまっています。
今後は住宅の片付けから被災者の見守りなど生活支援で人手が必要となり、依然として人手不足が課題です。
活動に参加した、合志市の社会福祉協議会の甲斐太輝さんは「熊本地震の時も参加したが当時は他県の人が多かった。今回は人手が足りず、復旧に時間がかかると感じる」と話していました。
ボランティアの調整にあたる球磨村の社会福祉協議会の板崎雄治事務局長は「今月に入ってボランティアの人数が減っている。まだニーズがあるので参加してほしい」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201004/5000010182.html
在宅避難者に疲れの声
10月04日 11時58分
熊本県人吉市では壊れたままの家に住む、いわゆる「在宅避難」の人も多く、被災した人からは不便な生活で疲れの声が聞かれました。
熊本県人吉市では、球磨川の氾濫で多くの住宅が浸水して20人が犠牲になったほか、壊れたままの住宅の2階などに暮らし続ける「在宅避難」の人も多くいます。
このうち、球磨川沿いにある2階建ての住宅が1階が、1メートル以上浸水した床上浸水する被害を受けた豊永幸子さん(72)は、生活用品や仏壇などを2階にあげて2人の娘とともに3人で暮らしています。
豊永さんは新型コロナウイルスへの感染への心配や、多くの人が集まるストレスから避難所へ行くことはやめることにしたということです。
水や電気は復旧していますが、ガスが使えないほか、階段の上り下りで体への負担が大きいということです。
また、1階の改修工事は県内の業者が一杯だったため、県外の業者を探して、ようやく先月下旬から始めることができたということです。
豊永さんは「亡くなった夫が建てた思い入れのある家なので、1階の被害を見ると涙が出てきます。2階での生活は階段が大変で部屋も狭いので不便です」と話していました。
長女の淳子さん(49)は「この辺りは1、2割くらいの家で在宅避難の人がいると思います。夜に明かりがついている家が少なくてさみしく、今後、この街が寂れていくのが心配です」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201004/5000010180.html
豪雨から3か月 生活再建が課題
10月04日 11時50分
熊本県で65人が死亡し、今も2人の行方が分からなくなっている7月の記録的な豪雨から4日で3か月です。
熊本県内では、被災し壊れたままの自宅で生活を続ける人も多く、依然として被災者の生活再建が課題となっています。
7月4日の記録的な豪雨で、熊本県内では球磨川の氾濫や土砂崩れなどにより65人が死亡したほか、今も2人の行方が分かっていません。
このうち、14人の入所者が亡くなった特別養護老人ホーム、「千寿園」には亡くなった人を悼んで、花が手向けられていました。
入所していた80代の叔母が亡くなったという60代の女性は、「キツかっただろうし、“助けてほしい”と言っていただろうと思います。先に亡くなった母と天国で、姉妹で仲よくやっていてほしいです」と話していました。
住宅の被害は、今月1日の時点で熊本県内で全壊と半壊がおよそ4500棟に上っています。
今なお、人吉市など5つの市町村でおよそ370世帯が避難所での生活を余儀なくされているほか、新型コロナウイルスの感染を避けたいなどとして壊れたままの自宅で生活を続ける人は、県の見立てで、人吉市と球磨村で少なくとも600人以上に上るということです。
人吉市で住宅が床上浸水し、2階で生活を続ける豊永幸子さん(72)は「亡くなった夫が建てた思い入れのある家なので、1階の被害を見ると涙が出てきます。2階での生活は階段が大変で部屋も狭く不便です」と話していました。
避難生活の長期化に伴って被災者の負担が大きくなり、依然として早期の生活再建が課題となっています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201004/5000010174.html
球磨村には今も豪雨災害の爪痕
10月04日 11時07分
25人が犠牲になった熊本県球磨村では、3か月がたった4日も、壊れたままの住宅も多く被害の爪痕が生々しく残されています。
球磨川が氾濫し、多くの住宅が浸水被害を受けた球磨村渡地区では、4日朝、住宅の2階まで浸水し土砂が流れ込んだままになっている自宅の様子を見に来たという40代の男性は、「いまは仮設住宅で生活しています。3か月はあっという間の時間で、本当に水害があったのかと思いますが、ここに来て見てみると思い出します。もうここに住むことはできないので、家は解体することになると思いますが、先のことは何も決まっていません」と話していました。
また、入所者14人が亡くなった特別養護老人ホーム、「千寿園」には、亡くなった人を悼んで花が手向けられていました。
入所していた80代の叔母が亡くなったという60代の女性は、「月命日なので来ましたが、ここに来ると思い出して気持ちが当時に返ります。叔母はキツかっただろうし、“助けてほしい”と言っていただろうと思います。叔母は悪いことは言わないし、優しい人でした。天国で、先に亡くなった母と姉妹で仲よくやっていてほしいです」と涙をこらえながら話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201004/5000010178.html
数多い在宅避難 実態つかめず
10月04日 10時32分
記録的な豪雨から3か月がたち、大きな被害を受けた熊本県人吉市や球磨村などでは、新型コロナウイルスの感染を避けたり、車が流されたため、避難所に入ると家の片づけに帰れなくなるなどの理由から、浸水したままの自宅の2階などで生活をするいわゆる「在宅避難」を続ける被災者が数多くいます。
県によりますと、人吉市と球磨村で「在宅避難」を続ける被災者は600人以上いると見られるますが、個別に確認出来ないため、正確な人数や生活の状況は把握できていないということです。
地域福祉に詳しい専門家は、数千人にのぼるとみています。
人吉市の上村博子さん(81)も、2階建ての自宅の一階部分が1メートル30センチ浸水し、畳や家財道具のほとんどが水につかりました。一階の畳はすべて廃棄したため、床が骨組みの下は地面が見える状態です。
車も浸水して使えなくなったため、避難所に入ると自宅の片づけができないことから、被災した自宅の2階で寝起きし、80代の夫と避難生活を続けています。
1階の補修工事をして住み続けたいと業者に頼んでいますが、被災者からの注文で工事が立て込んでいて順番待ちをしていて、着工がいつになるかも分からない状況だといいます。
上村さんは「自分よりも被害の大きいところはたくさんあるので、生活ができるなら待ちますが、なるべく早く工事をしてもらいたい」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201004/5000010176.html
仮設での交流 コロナが障害に
10月04日 10時32分
記録的な豪雨から3か月が経ち、被災地では仮設住宅の建設が進み、入居が本格化しています。
熊本県によりますと、先月末までに人吉市や球磨村など7つの市町村で、すでに296戸の仮設住宅が完成していて、292世帯、759人が入居しています。
仮設住宅での避難生活をめぐっては、新型コロナウイルスの影響でボランティアなどによる炊き出しがいまも制限されている自治体もあり、入居者どうしが交流を深める機会が少ないのが現実です。
人吉市の下川三代香さん(82)は、避難所で2か月ほど暮らしたあと、先月、人吉市城本町の「村山あやめ仮設団地」に夫婦2人で入居しました。
下川さんは、避難所では、被災をした近所の人と話すことで気持ちが安定していたということですが、今の周囲と交流を持てない状況にさみしさを感じているといいます。
また、下川さん夫妻は、豪雨の前まで同居していた息子家族と一緒に仮設住宅に入れなかったということで、生活の変化に戸惑いを感じています。
下川さんは「元の場所に家を建て直してでも、孫たちと一緒に住みたいです。新しい生活にうれしさもありますが、戸惑いがある。同じ仮設住宅に入居した人は知らない人が多く、まだ挨拶程度しかできておらず、さみしい」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201004/5000010175.html
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