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2020年09月28日22:16

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北王子貨物線廃線跡の現在&東十条銀座商店街

田端信号場〜北王子貨物駅(日本製紙物流北王子倉庫)を結んでいた貨物線の東北本線貨物支線(北王子線)が廃止になって、気がつけば6年以上経過していました。
北王子駅跡地には大規模マンションやスーパーが建つなどで周辺の風景は一変してしまいましたが、途中の廃線跡は今も大部分がそのまま残っていることに気付き、散策してきました。
北王子線が営業していた当時は、日本製紙石巻工場(石巻港駅)から貨物列車で完成品の紙をここまで輸送していたのですが、2014年3月限りで同社が倉庫の閉鎖を発表し、JR貨物としてもこの貨物線でそれ以外の需要が見込めないことから、倉庫の閉鎖と運命を共にする形で廃線になってしまいました。
貨物線は王子駅で京浜東北線の真横を通過していて、ここの線路はそのまま残っていますが、今回は本線と分岐するところから終点までだけ散策。
分岐点付近の廃線跡は、保線工事などで知られる東鉄工業の資材置き場になっていますが、敷地内は舗装されながらも何故かレールが残されていました。
保線工事でおなじみのレールを走れるトラック(軌陸車)が数台置いてあったので、軌陸車のメンテナンスや練習をするために残しているのかもしれません。
そして資材置き場の先はガレージにあるような門扉で区切られていて、そこから外は廃線跡がほぼそのまま残されていました。
最初の「第一宮江町踏切」は遮断棒だけ撤去されていますが、警報機や踏切制御装置の箱などがそのまま残っています。
ちなみに現在のこの辺の町名は王子ないし東十条なので宮江町という町名は現存しませんが、踏切は最後まで旧町名のままだったようです。
フォト

道路と線路の間には柵が作られて、立ち入りできないようにしてありましたし、線路は草が生い茂りいかにも廃線跡といった雰囲気なのに、周りは住宅密集地というギャップが不思議ですね。
次の「第二宮江町踏切」はやや広めの道路を横切っていたこともあり、高いところにランプがついた警報機も設置された踏切ですが、やはりこちらも遮断棒以外がそのまま残されています。
しかもこちらは草が絡みついていて、廃線跡の雰囲気がさらに増幅されていました。
そして次の踏切との間の右側に小さな公園があり、ここは旧・須賀線の廃線跡だそうで、現在の豊島五丁目団地のところにあった日産化学の工場まで続いていたそうですが、北王子線が廃止されるよりもはるか昔に廃線されており、跡地は道路になったそうで、鉄道施設は何も残っていません。ちなみにその先の北本通りは、かつて王子から赤羽までの都電が通っていたため、当時は都電と貨物線が鉄道同士で平面交差していたそうです。
3つ目の「第一北王子踏切」はこれまでの踏切とは異なり警報機などが撤去されていますが、道路を横切るレールはそのまま残っていました。
そしてここから旧北王子駅方にはマンションが建っており、廃線跡もマンションの敷地の一部となって駐車場として整備されていますが、歩道上にレールをイメージしたラインが埋め込まれ、さり気なくではありますが貨物線の跡であったことを後世に伝えようとしています。
そしてこのラインをよく見ると、「8:10」「9:50」「12:40」「14:30」と4つの時刻が書かれているのですが、調べてみたらこれは北王子線の廃線時の貨物列車の発車時刻でした。
そして4つ目の最後の踏切跡「第二北王子踏切」も黄色と黒の柵だけは残っているも踏切設備は撤去済みでした。
現役時代はこの踏切に隣接して北側はすぐ倉庫敷地でしたが、現在はマンションになり、それに伴い周囲の歩道もきれいに整備され、倉庫の遺構は跡形もなく消え去りました。
フォト

北王子線廃線跡を散策した後は東十条の商店街(東十条銀座通り)を通過しましたが、コモディイイダの隣の長屋の店舗がやたらと細いことに気付き、何じゃこりゃ?と思ったので撮ってしまいました。
コモディイイダ側から見ると建物の奥行が自転車の長さ分くらいしかないように見えるし、後ろから見ると窓が少ないこともあって巨大な塀のようにも見えて面白いし、思わず「ナニコレ珍百景」に投稿したくなりますが、もちろん建物全体がこの幅しかないという訳ではありません(それでも若干広くなる程度)。そして地図で確認すると異様に細長い建物であることが分かりましたが、Googleマップで長さを測定してみたら商店街に面した部分の長さが69.48mと出ました。
また、昔からなのか最近増えているのかはよく分かりませんが、本場系の中国料理、韓国食材、インドやバングラデシュなど南アジア料理、トルコのケバブの店が多いなど、昔ながらの面影を残す商店街のように見えて国際色豊かなのもユニークですね。
フォト

その後は志茂方面に進みましたが、この辺は用水路だったのではと思われるいかにも水路跡といった雰囲気の曲がりくねった小道がやたらと多いです。
辿って行くと、小道同士の三叉路までありましたし、意味深な階段もあったりしました。
そしてそのそばに、「志茂三丁目小柳川公園」がありました。ここは日本化薬研究所跡地で、公園のオープンも8年前と割と最近で、これができてからは初めて通った気がします。
小柳川もやはり灌漑用水だった川だそうですが、川だと分かるものが丸々残っている訳ではなく、跡地が住宅街の中の生活道路になって分かりにくくなっていたりで河川跡を全て探すのはかなり難しいらしいですね。今度時間があるときに辿ってみようと思います。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/6910692.html
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