前回のメッセージ、
[スイフキイ] 「情報=真実」とは限らない。目の前にある最も純粋な真実に向き合うことが魂の成長に繋がる。
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の、“特に、何かを「間違い」としたり、誰かを「悪」とするような話には、その人のエゴや裁きが入りやすい”という件についてです。
*〇.*゜
自分自身から自分自身の存在価値の根拠を求められたエゴが、その根拠としやすいのが、上下や優劣、「自分は正しい」「〜すべきことをしている」という感覚。
それは、自分と他人を比較することで上下や優劣の幻想を強くし、「自分の意に沿わないものは間違っているに決まっている」という決めつけや「正しくないものは罰するべき」という裁き、悩みや苦しみ、争いのもととなる。
*エゴについてはこちら→ [柏井] エゴも神の愛
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1972766568&owner_id=65478440
やたらネガティブな点に目を向け、否定的なことを言う人・攻撃的な人は、在りのままの自分を受け容れられず、エゴが働いているからそうせずにいられないんだよね。
自分自身が劣っていると感じる不満や自分自身への罪悪感から逃げているんだ。
自分自身にきちんと向き合って、在りのままを受け容れ、自分自身のために必要な努力をすれば、そこから解放されるのだけどね (^^;)
自分自身に向き合いたくない・そのままでは肯定出来ない・自分自身に努力に見合う価値を信じられない。だから、他者を否定することで肯定しようとする。「引き下げの心理」ってやつだね。
目の前のことから罪悪感なく目をそらすには、「悪者」や社会・世界の問題は都合が良いんだ。
・不満がある自分の現状を、自分のせいではなく誰かのせいにしたい / 自分自身への不満を他の誰かにぶつけたい
・目の前の問題から逃げつつ、「より大きな問題に向き合い、怒るべきことに怒る」ことで、すべきことをしている気分になれる
・誰かを裁くことで自分の価値を感じたい、自分は正しいと思いたい
こういうニーズを満たせるし、攻撃的な感情をぶつけることを正当化できる。共有しやすい話題で、共有できればその自分を肯定できるしね。
自分の不満や苛立ち、ネガティブな感情の原因と捌け口を外に見つけることが目的である彼らにとって、真偽はどうでもいい。
中毒症状のように、自分の現状から目をそらすための「裁くべき悪」を求めているから、確認することもなく「悪」だと決めつける。
自分より地位や力がある人、恵まれた人、幸せそうな人に対しては特に悪意があると決めつけたがる。
自分のその世界観への肯定を求めて、他人の感情を煽って共感を得ようとすることもある。
そういう発信者もいるから、巻き込まれないように気を付けて。
そうして、世界を否定的に見、「悪者」や社会・世界の問題を探し続ければ、見える世界は「悪意に満ちた世界」になっていく。
自分の現状を「悪意に満ちた世の中」のせいにして、自分自身にきちんと向き合わず、幸せのための努力をしないことは、自分自身への責任放棄だ。同時に人生の権限の放棄でもある。権限と責任は表裏一体だからね。
エネルギーを自分自身の流れに注がず、外にぶつけ続けても、一時的に気持ちが紛れるだけで、満たされることは決してない。
エネルギーは自分自身のために、周りとも調和した形で使うためにある。
一人一人の在り方が、社会・世界の在り方へと繋がるんだ。
きちんと自分自身に向き合い、自分自身の幸せに繋がることにエネルギーを注ぎ、豊かな世界を作って欲しい。
自分の心の全てを分かってあげられるのは自分自身だけ。他の誰にも、その代わりを務めることは出来ないのだからね。
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