森町の周辺のお寺には圧倒的に曹洞宗のお寺が多いのには、大洞院と恕仲禅師が関わる。
如仲禅師または恕仲禅師と称されるが、信濃の国の生まれで9歳の時に仏門に入り、後に
越前の国で平田山滝沢寺の梅山聞本のもとで印可を受け、遠江への布教は、当時の守護が
今川氏から斯波氏へ交代しており、越前守護でもあった斯波氏の意向によるものと思う。
当時の15世紀から17世紀後半にかけて、遠江の国では、寺院が開かれたり旧来の
寺院が曹洞宗に改宗されたことによる。当時の曹洞宗の布教方針は、対象を国人や土豪
だけでなく、一般民衆にまで目をむけたからだ。
遠江や東海地方に曹洞宗の教団が発展する基礎を作ったのが如仲禅師(1365〜1437)
であった。森町大洞院にて優れた僧侶を輩出されて、「大洞院六派」と言われる6人が、
いました。喜山性讃(喜山派)
真厳道空(真厳派)
物外性応(物外派)
大輝霊曜(大輝派)
不琢玄珪(不琢派)−−中田・雲林寺
石叟円柱(石叟派)−−飯田・崇信寺
の6人は、それぞれ寺を開き、如仲を勧進開山として、自からは二世となり、教線を
拡大していった。特にその中の二人の拠点とした寺院は今も町内にある。 以来
1411年 如仲禅師 大洞院を開く。末寺3000寺と言われるまでに発展。
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