かつて日露戦争に勝利して、樺太半島の北緯50度線以南が日本領土となり
樺太開発のために鉄道が敷かれました。大泊(サハリンスク)からサハリンまでを
日本の鉄道技術で敷設。凍てつく極寒の地に1910年に完成しましたが、
第二次世界大戦後は、ソ連に返還、その後日本は車両をサハリンに輸出したり
中古の機関車をJRが無償供与したりしました。1990年第二なると、不採算
路線の廃線や、日本時代の駅舎の解体もされた。現在も残る路線は、約800Km.nm
約20%が減少した。使用されなくなる機関車や客車の一部は博物館へ展示されるという。
ゲージ
サイズを本土に統一すると、経済効果も期待できる本土とは鉄橋や海底トンネルによる
乗入れはなく、海をフェリーで汽車を運び、そのままサハリンで運行が出来る。新型車両
の写真も掲載されています。
多分1930年代半ばの写真だと思われます。場所は日支事変ですから、中国の北東部
あたりの鉄道線路沿いを行軍?してるのだろうと想像します。軍用犬も1頭一緒に歩い
ていますね。
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