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2020年08月09日23:12

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ニュース(原爆関連その1)(08月03日〜08月06日11時台(鹿児島県))

原爆の日 鹿児島市役所で黙とう
08月06日 11時23分

広島に原爆が投下されて6日で75年を迎えました。
鹿児島市役所では職員らが投下時刻に合わせて黙とうし、亡くなった人たちに祈りをささげました。
鹿児島市は毎年、広島に原爆が落とされた「原爆の日」に、平和への祈りを込めて市役所や支所などで黙とうをささげています。
ことしも市役所では、原爆が投下された午前8時15分にサイレンが鳴らされると、仕事の準備をしていた職員らが手を止めて立ち上がり、原爆で亡くなった犠牲者に1分間、黙とうをささげました。
30代の男性職員は「犠牲者や後遺症に苦しんでいる方々に、お見舞いの気持ちを込めて黙とうをささげました。国民の多くが戦争を知らない世代になるので、戦争の悲惨さを子どもたちにも伝えていきたい」と話していました。
40代の女性職員は「私も含め、戦争を知らない世代にとってはまだまだ知らないことが多くあると思うので、学んで後の世代に伝えていきたい」と話していました。
市役所東別館のロビーでは原爆や鹿児島での空襲の被害を伝えるパネル展も開かれていて、今月14日まで展示されているということです。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20200806/5050011425.html

キッズ・ゲルニカ 爆心地近くに
08月06日 10時55分

今月9日の長崎原爆の日を前に、ピカソが無差別爆撃を描いた「ゲロニカ」と同じ大きさのキャンバスに、子どもたちが平和へのメッセージを込めて描いた絵が、長崎市の爆心地近くに飾られました。
「キッズ・ゲロニカ」と名付けられたこの取り組みは、ピカソが無差別爆撃の非人道性を描いた「ゲルニカ」と同じ縦3.5メートル横7.8メートルのキャンバスに、子どもたちが平和へのメッセージを込めて絵を描くものです。
長崎市の市民グループ「長崎親善人形の会」(瓊子の会)は、こうした絵を、毎年今月9日の長崎原爆の日に合わせて爆心地近くの川沿いに飾っていて、ことしは11点が展示されました。
このうち、長崎市の西浦上小学校区の学童保育の子どもたちが描いた「私達が作る未来」では、マスクを着けた子どもたちが「コロナにまけない」ということばとともに描かれています。
今こそ、世界中の人たちが支え合うときだという思いを込めたということです。
また「憎しみを超えて」は、アメリカ・イリノイ州のエバンストン市の子どもたちが描いたあとに、長崎市の子どもたちが手を加えたもので、共同で制作されています。
市民団体「長崎親善人形の会(瓊子の会)」の山下昭子会長は「新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、国を超えて協力することの大切さを訴える作品が描かれているので、改めて平和をどう実現するのかを考えるきっかけにしてほしい」と話していました。
「キッズ・ゲルニカ」は、今月31日まで展示されます。
ことしは、県立長崎西高校の書道部の生徒が、黒のアクリル絵の具を使って「世界平和 長崎から世界へつなごう命 平和な未来」と書いた作品も制作し、今月9日に行われる平和祈念式典の会場平和公園に飾られたあと、川沿いに移されることになっています
https://www.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20200806/5030008706.html

広島 原爆の日 山口市で追悼式
08月06日 10時47分

広島に原爆が投下されて75年となる「原爆の日」を迎えた6日、山口市でも、犠牲者を追悼する式典が開かれました。
山口市にある被爆者の支援団体「ゆだ苑」は、毎年8月6日に追悼式を開いていて、ことしも団体の事務所に、県内の被爆者や支援者などおよそ20人が集まりました。
はじめに、水を求めて亡くなった人のために、被爆者の代表が献花台のコップに水をささげ、出席者たちが献花台に花を手向けました。
そして、広島に原爆が投下された午前8時15分、参列者全員で黙とうをささげました。
このあと、参列者の一部は、市内にある慰霊碑に移ってキクの花を供え、犠牲者を悼んでいました。
県によりますと、被爆者健康手帳を持つ人は、県内ではことし3月の時点で2205人となっていて、平均年齢は、84歳を超えて高齢化が進んでいます。
4歳だったころ、原爆投下直後に広島市に入って被爆し、いまでも語り部として活動している林三代子さん(79)は、「今でも当時のことを思い出して夜中にうなされることがある。子どもたちにこれからも命の大切さを伝えていきたい」と話していました。
一方、「ゆだ苑」では、これとは別に、毎年9月にも追悼式を行っていますが、ことしは、新型コロナウイルスの感染防止のため、参列者を例年の半数にあたるおよそ100人にとどめて実施するということです。
https://www.nhk.or.jp/lnews/yamaguchi/20200806/4060006670.html

被爆75年「原爆の日」迎える
08月06日 07時09分

広島は、原爆が投下されて75年となる「原爆の日」を迎えました。
新型コロナウイルスの影響で例年どおりの追悼が難しい状況となるなか、被爆地・広島のまちはきょう1日、犠牲者を追悼する祈りに包まれるとともに、核兵器のない世界の実現に向けた訴えを、国内外に発信することにしています。
広島市の平和公園には夜明け前から被爆者や遺族などが訪れ、追悼の祈りをささげています。
孫と一緒に原爆慰霊碑を訪れた91歳の被爆者の女性は「結婚して70年ほど毎年、原爆で両親と弟を亡くした夫と慰霊に訪れていましたが、ことし5月に夫が亡くなり、きょうは写真を持ってきました。被爆したときはひどい爆風で吹き飛ばされるようでした。戦争は悲惨で二度とあってはいけない」と話していました。
また、原爆ドームを訪れた被爆3世の44歳の男性は「祖母からも原爆の話は聞きましたし、自分が介護の仕事をしていて日頃から原爆の悲惨さの話を聞いています。75年がたって若い世代の中にはあの日、この場所で何が起きたのか知らない人もたくさんいるので、戦争を知らない世代には広島を訪れて平和の尊さをかみしめてほしい」と話していました。
原爆が投下されて75年の節目となる6日、広島市では午前8時から平和記念式典が開かれ、被爆者や遺族の代表をはじめ、安倍総理大臣のほかおよそ80の国の代表などが参列します。
ただ、ことしの式典は新型コロナウイルスの感染を防ぐため会場の平和公園への入場が規制され、一般の参列者席をなくすため参列者は例年の1割に満たないおよそ800人の見通しです。
式典ではこの1年に亡くなった人や新たに死亡が確認された人、あわせて4943人の名前が書き加えられた32万4129人の原爆死没者名簿が原爆慰霊碑に納められます。
そして、原爆が投下された午前8時15分に参列者全員で黙とうをささげます。
世界の核軍縮を巡っては、核保有国が核兵器の近代化を進め非核保有国との対立が深まるなど、核兵器廃絶に向けた動向が不透明となるなか、3年前に国連で採択された核兵器禁止条約は現在の批准国が40か国で、発効に必要な50か国に達していません。
広島市の松井一実市長は平和宣言のなかで、日本政府に対し核兵器禁止条約への署名と批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて条約に参加するよう求めることにしています。
また、新型コロナウイルスについても触れ、市民社会が連帯して立ち向かうことを促すなど、「連帯」ということばを使って核兵器廃絶や世界の恒久平和の実現などを求めることにしています。
被爆者の平均年齢はことし83歳を超え、被爆者団体の解散が相次いでいて、原爆の悲惨さをどう語り継いでいくのかが課題となっています。
一方、ことしNHKが行ったアンケート調査では、アメリカの若い世代のおよそ7割が「核兵器は必要ない」と答え、被爆者から今後の認識の変化に期待する声も出ています。
被爆地・広島はきょう1日、犠牲者を追悼する祈りに包まれるとともに、「核抑止力による平和」ではなく「核兵器のない平和な世界」の実現を願う被爆者の声に向き合い、その訴えを国内外に発信することにしています。
https://www.nhk.or.jp/hiroshima-news/20200806/4000008495.html

原爆の日式典の総理出席を発表
08月04日 16時07分

菅官房長官は4日、閣議のあとの記者会見で、安倍総理大臣が6日に広島、9日に長崎でそれぞれ開催される原爆の日の式典に出席することを発表しました。
この中で菅官房長官は、安倍総理大臣が6日に広島、9日に長崎で開催される原爆の日の式典に出席すると発表しました。
その上で、安倍総理大臣の式典でのメッセージについて「原子爆弾の犠牲になられた方々のみたまに対し哀悼の誠をささげ、唯一の戦争被爆国として広島と長崎の悲劇を2度と繰り返させないという決意や、核兵器のない世界の実現に向けた決意を表明するという式典の趣旨を踏まえたものになるだろう」と述べました。
また、核軍縮に向けた政府の対応について「核軍縮をめぐる各国の立場の相違が拡大しているのが現実だ。政府としては現実の安全保障上の脅威に適切に対応しながら、地道に現実的に核軍縮を前進させる道筋を追求していく」と述べました。
一方、菅官房長官は、広島でいわゆる「黒い雨」を浴びた住民が健康被害を訴えた裁判で、広島地方裁判所が全員を被爆者と認める判決を言い渡したことを受けた政府の対応について「関係省庁、広島県および広島市で、判決内容を精査した上で検討していく」と述べました。
https://www.nhk.or.jp/hiroshima-news/20200804/4000008479.html

地元企業と社協が千羽鶴づくり
08月04日 12時41分

新型コロナウイルスの感染が広がり、広島市の平和公園に届けられる折り鶴が減っていることから、地元の企業が千羽鶴をつくり、8月6日の「広島原爆の日」を迎える準備を進めています。
広島市中区の平和公園には、毎年、1万3000束ほどの千羽鶴が届けられています。
しかし、ことしは新型コロナウイルスの感染が広がり、観光客の減少や集まって鶴を折る機会が減っていることから、届けられる千羽鶴も例年より少なくなっているということです。
このため、県内の10の企業と社会福祉協議会が6日の原爆の日を前に千羽鶴づくりを進めています。
このうち、広島市中区の「もみじ銀行」の本店では、4人の行員が、折り鶴1羽1羽に針でたこ糸を通していました。
もみじ銀行の中野悦美さんは「ことしは被爆75年の節目を迎えるので、平和への願いを込めて鶴を折りました。8月6日に多くの人を広島に迎える準備ができたと思います」と話していました。
これまでに、合わせて1万5000羽あまりの折り鶴が完成していて、5日に平和公園内の「原爆の子の像」の横にある展示スペースに納められるということです。
https://www.nhk.or.jp/hiroshima-news/20200804/4000008472.html

平和祈念式典の設営作業始まる
08月04日 11時53分

被爆75年となる今月9日の長崎原爆の日を前に、平和祈念式典が行われる長崎市の平和公園で大型テントの設営作業が始まりました。
長崎市の平和公園では、今月9日の長崎原爆の日に行われる平和祈念式典を控え、4日、大型テントの設営作業が始まり、午前中は作業員が支柱を並べたあと、白い布を広げて結び合わせていきました。
また、ことしは被爆75年の節目として、平和祈念像の前に飾るパネルのデザインが25年ぶりに変更されるため、新しい板に白いペンキを塗る作業も行われていました。
ことしの式典では、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、参列者の数は例年の10分の1程度に当たる500人ほどに減らします。
また、式典に初めて出席する予定だった沖縄県の玉城デニー知事は、沖縄県内での感染拡大を受けて式典を欠席することにしたということです。
長崎市は「式典の規模は縮小されるものの、被爆75年の節目としてさまざまな人たちの思いが込もった式典にしたい」としています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20200804/5030008684.html

広大が県被団協草創期の資料確認
08月03日 18時58分

広島大学は、広島県被団協に関係するおよそ500点の資料を分析した結果、団体の設立前後に作成されながら長く所在が分からなくなっていた団体の規約案や議事録などの原本と確認されたと発表し、当時の活動を知る貴重な資料だと評価しています。
広島大学は、平成30年、関係者から資料の寄贈を受けた広島県被団協に関係するおよそ500点の資料を分析した結果、設立前後に作成されながら長く所在が分からなくなっていた団体の規約案や議事録などの原本と確認されたと発表しました。
このうち、被団協が設立される前の年の昭和30年9月に作られた団体の規約案には、「当局に対する被害者の保障の要求」と記載されたほか、「団体を全国的に組織化する」と掲げられ、早い段階から国家への補償を全国的に要望する組織を目指すと位置づけていたことが伺えるということです。
また、昭和35年に当時のアメリカのアイゼンハワー大統領が来日する際にアメリカに提出した要望書には、原爆慰霊碑の前で謝罪する考えがなければ訪日を中止するよう求めていて、被爆者たちの当時の激しい怒りが読み取れるということです。
分析を行った広島大学の石田雅春准教授は、「当時の被爆者がどんな思いを持って活動していたのかを知る貴重な資料で、原本を確認できた意味は大きい」と話しています。
広島大学は、来月末にも大学のホームページで資料の目録を公開し、大学で閲覧できるようにするということです。
https://www.nhk.or.jp/hiroshima-news/20200803/4000008462.html

原爆死没者名簿に3400人余
08月03日 17時33分

長崎に投下された原爆の犠牲者の名前を後世に残そうと、長崎市が作成している「原爆死没者名簿」に、ことしは新たに3406人の名前が加わり、これまでの累計は18万5982人となりました。
「原爆死没者名簿」は、原爆の犠牲者を慰霊するとともに、被害を後世に伝えるため、長崎市が昭和43年から作成しているものです。
被爆から75年となることしは、去年8月1日から先月末までに亡くなった、長崎に投下された原爆の犠牲者など3406人の名前が新たに加えられることになりました。
これで昭和43年からの累計は、18万5982人となりました。
名簿に書き加えられたのは、ほとんどが、この1年間に亡くなった被爆者ですが、国が定めた被爆者と認める地域の外にいた「被爆体験者」や遺族から原爆で亡くなったとの申し出があった犠牲者など96人の名前も新たに書き加えられました。
このほか名簿には、広島で被爆して亡くなり、遺族が長崎の名簿に載せることを希望した7人の名前も新たに書き加えられ、広島の犠牲者は合わせて75人になりました。
これらの名簿は、今月9日に行われる平和祈念式典で「奉安箱」に納められます。
https://www.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20200803/5030008680.html

核兵器の問題を考えるパネル展
08月03日 15時08分

今月9日の「長崎原爆の日」を前に、核兵器がもたらす問題点について、さまざまな視点から考えるパネル展が、長崎県庁で開かれています。
このパネル展は、今月9日の「長崎原爆の日」を前に、核兵器がもたらす問題点について、さまざまな視点から考えようと、被爆者団体やNGOなどでつくる「核兵器廃絶 地球市民長崎集会」が開きました。
長崎県庁1階のロビーには、合わせて20枚のパネルが設置され、人道や環境、経済、人権、倫理、それにジェンダーといった12の視点から核兵器の問題点を指摘し、国際的な取り組みなどについても紹介しています。
このうち、人道の視点では、国際司法裁判所が核兵器の使用や威嚇については、一般的に国際法の原則に違反するという勧告的意見を出したことを伝えています。
また、経済の視点では、核兵器の開発費用の総額が、およそ10兆円を超えると推定されるとしたうえで、その費用を、ほかの目的に使うことの方が有益だと指摘しています。
「核兵器廃絶 地球市民長崎集会」の朝長万左男実行委員長は「若い人に核兵器に関する十分な知識を持ってもらうことが、パネル展の目標だ。系統的に学べると思うので、ぜひ見に来てほしい」と話していました。
このパネル展は、今月10日まで、長崎県庁1階のロビーで開かれています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20200803/5030008672.html

首相 広島・長崎の原爆式典出席
08月03日 13時52分

安倍総理大臣は、政府与党連絡会議で、今月6日に広島、9日に長崎で開催される原爆の日の式典に出席する意向を明らかにし、唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界を実現するため、国際社会の取り組みを主導していく考えを示しました。
安倍総理大臣は、総理大臣官邸で開かれた政府与党連絡会議で、今月6日に広島、9日に長崎で開催される原爆の日の式典に出席する意向を明らかにしました。
そのうえで、安倍総理大臣は「核兵器によってもたらされた広島と長崎の悲劇を決して繰り返してはならない。唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界を実現するため、非核三原則を堅持し、粘り強く、核兵器国と非核兵器国双方の橋渡しに努め、国際社会の取り組みを主導していく決意だ。同時に、今後とも、被爆者の方々への総合的な援護施策を着実に推進していく」と述べました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20200803/5030008674.html

原爆の犠牲 教え子と教師を慰霊
08月03日 13時48分

原爆が投下されてから75年となる長崎原爆の日を前に、原爆の犠牲となった5500人余りの児童・生徒と教職員の慰霊式「第39回原爆殉難教え子と教師の慰霊式」が3日、長崎市八百屋町の長崎県教育会館で開かれました。
長崎の原爆では、児童・生徒5317人と教職員212人が犠牲となり、教職員で作る団体などは、毎年8月9日の長崎原爆の日を前に長崎市で慰霊式を開いています。
慰霊式には、例年、平和会館で行われており市内の小中学校の児童・生徒や教職員ら合わせておよそ400人が参列していますが、ことしは新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、場所を平和会館ではなく長崎県教育会館に変更して規模を縮小して開催され、県や市の教育委員会や主催団体の関係者ら、およそ20人が参列しました。
参列者は、原爆が投下された午前11時2分に合わせて、全員で黙とうをささげました。
続いて、主催団体「原爆殉難教え子と教師の像維持委員会」の小田恒治委員長が「ことしは子どもたちの声がないのは残念ですが、平和を決意する場として、どんな状況でも慰霊式を守り続ける」と慰霊のことばを述べました。
また、児童代表として、長崎市立西町小学校5年生の森川雪菜さんのビデオメッセージが会場のモニターに映し出され、「戦争は子ども、大人の命を奪う恐ろしい行為です。私たちは今は無力ですが、未来を作る責任があります。いつか核兵器のない、笑顔いっぱいの世界を作りたい」と述べました。
このあと、参列者たちは献花して、亡くなった児童・生徒や教職員に祈りをささげ、平和への思いを新たにしていました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20200803/5030008673.html

爆心地近くの小学校で慰霊祭
08月03日 12時30分

今月6日の原爆の日を前に、爆心地からおよそ1キロの距離にある広島市中区の小学校で、この地域で犠牲になった人たちを追悼する慰霊祭が行われました。
広島市中区にある広島市立広瀬小学校の当時の学区では、原爆で5000人以上が犠牲になったといわれ、毎年この時期に小学校で慰霊祭を行っています。
ことしは新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、来賓や近隣の住民の参列を自粛してもらうなど規模を縮小して行われ、およそ120人が参加しました。
はじめに、全員で黙とうをしたあと、児童を代表して6年生の稲田悠寿さんと橋本佳子さんが、「広瀬小学校は原爆で全焼しましたが地域の人たちの力で再建され、私たちは今この学校で学ぶことができています。家族や自分自身を大切にするなど、できることから行動していきます」と誓いの言葉を述べました。
このあと、参加した人たちは、折り鶴や小学校で栽培した菊の花を献花台にささげ、原爆で犠牲になった人たちを追悼しました。
また、ことしは密集を防ぐために参加できない児童たちが教室に設置されたモニターで慰霊祭の様子を中継で見届けました。
広瀬学区にいた母親を亡くした86歳の女性は、「母は40歳で亡くなりましたがもうこんなつらい思いはしてほしくない。戦争がない平和の大切さを次の世代に引き継いでもらいたい」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/hiroshima-news/20200803/4000008460.html

無名戦没者の追悼式
08月03日 12時26分

太平洋戦争で亡くなり、名前などが分かっていない戦没者を追悼する式典が、3日朝鹿児島市の公園で行われ、遺族会の代表が「戦争は2度としてはならない」と訴えました。
この追悼式は、太平洋戦争で亡くなった軍人軍属のうち鹿児島県出身とみられ、名前などが分かっていない786人分の遺骨などが納められている、鹿児島市照国町の城山公園にある石碑の前で行われました。
式典を前にことしは新型コロナウイルス感染防止対策のために、受付でマスクの着用や検温、そして消毒が呼びかけられていました。
追悼式には遺族連合会の代表など13人が参列し、はじめに全員で黙とうを捧げました。
そして鹿児島県遺族連合会の山元正光副会長が「戦争を2度としてはなりません。辛い思いは私たち遺族で終わりにして欲しい」と追悼の言葉を述べました。
式典に出席した遺族の1人で、過去にフィリピンで遺骨収集を経験した日置市の出口良洋さんは「戦争を語り継ぐことが難しい状況です。機会を見ながら、少しでも若い人たちに伝えていくことができたら幸いです」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20200803/5050011385.html

高校生平和大使が知事訪問
08月03日 11時54分

核兵器廃絶を求める署名を国連に届ける「高校生平和大使」が山口知事を訪問し「被爆3世という立場で平和活動に取り組んでいきたい」と決意を述べました。
高校生平和大使は、長崎や広島など全国の高校生から選ばれ、核兵器廃絶を訴える署名を国連に届けるなど、核なき世界の実現を訴える活動を行っています。
23年目のことしは、佐賀県からは鹿島高校2年の川崎花笑さんが高校生平和大使に選ばれました。
川崎さんは3日、佐賀県庁を表敬訪問し山口祥義知事を訪問し「祖母が被爆者で、幼いころから戦争の話を聞いてきました。被爆3世という立場で平和活動に取り組んでいきたい」と決意を語りました。
高校生平和大使は例年、被爆地の声を伝えるためスイス・ジュネーブにある国連ヨーロッパ本部を訪れ、核兵器廃絶を訴えるスピーチなどを行っていますが、ことしは新型コロナウイルスの感染拡大の影響で国連は訪問せず、核兵器廃絶を訴える署名も街頭での署名活動ではなく、インターネットでの電子署名などに取り組む予定です。
川崎さんは「被爆国の若者として声をあげることで、世界が核兵器廃絶を考えるようになると信じています」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/saga/20200803/5080006611.html

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