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2020年07月23日07:15

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一病息災

「一病息災」

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21512 (写真入り記事)

「一病息災」という言葉があります。意味は、「持病が一つくらいある方が、無病の人よりも健康に注意し、かえって長生きであるということ」(広辞苑)です。

病気一つなく、風邪もひいたこともないような人が、ある日突然亡くなってしまうということがあります。反対に、いくつもの病気を抱え、病弱な人が長生きするということもあります。

話が変わりますが、世界では、キリスト教が国教になっている国が多くあります。そういう国で生まれた人はクリスチャンであることがごく自然なことかも知れません。しかし、日本で生まれ育った人がクリスチャンになるのは珍しいことです。

私がいろいろな人と出会う中で、何度も「クリスチャンや牧師にはじめて会いました!」と言われたことがあります。

世界のクリスチャン人口は、3人に1人の割合です。多数派ですが、日本では少数派です。

日本のクリスチャン比率は、「アメリカのギャロップ社の調査」によると6%で、10代の若年層では7%。ただ、毎週日曜日に教会に通っている人は1%未満です。

教会に来ている人の層は、中流階級以上の人が多く、首相経験者の13%がクリスチャンです。

一般庶民で教会に来られる人のきっかけを聞いてみると、心や体の病になったことや、人生の諸問題や人生の挫折などがきっかけになった人が案外います。

「一病息災」の話に冒頭で触れましたが、何らかの病いになった人は、健康で、問題なく人生を生きて来た人よりも、健康に気を遣います。同じように、病気を含めて、様々な諸問題を抱えた人は、悩みなく人生を生きている人よりも、人生を真剣に考える機会が増え、その結果、神を求め、神と出会う機会が多くあります。

「宗教なんて弱い人間のやるものだ!」という殺し文句があります。

事実かも知れません。しかし、弱く、足りない人間だという自覚があるからこそ求道し、神に出会えたのです。人生のマイナスがプラスに変わったといってもいい過ぎではありません。

「これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。」(使徒の働き17:27〜28)と聖書に書かれています。

世の中を見渡すと、表面的に強い人と弱い人、勝者と敗者がいるように思います。その格差も広がっています。

しかし、本当はみんな弱いのです。いくらこの世で成功し、強くたくましく生きていても、死の前には誰もが無力です。

聖書に、「わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、あとはそれ以上何もできない人間たちを恐れてはいけません。恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。」(ルカ12:4〜5)という言葉があります。

今日、弱い人も、強い人も、どんな人も、この問いに対して一緒に考えてみませんか? 

「私はどこから来て、何のために生き、どこに向かって生きるのか?」

上記質問は、誰もが人生のどこかで直面しなければならない重要な問いではないでしょうか。
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