「受ける人生と受けて与える人生」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21438 (写真入り記事)
中東のイスラエル周辺は聖書の舞台となった場所です。
イスラエルには、ガリラヤ湖と死海という代表的な湖があります。
二つの湖は、それぞれ同じ水源なのに、一方のガリラヤ湖は多数の魚が生息し、豊かな自然の宝庫です。もう一方の死海は魚一匹泳いでいないし、周囲には荒れ果てた荒野が広がっています。
何が違うのでしょうか?
ガリラヤ湖は、ヘルモン山から流れ込んで受けた水を、ヨルダン川に流し出しています。つまり、受けて、与えています。
死海は、ガリラヤ湖からヨルダン川を経由して流れた水を受けますが、湖面の海抜はマイナス418mなので、それ以上低い場所がありません。
地球のおへそです。行き止まりなので、それ以上水を流し出す場所がありません。受けるのみです。
結果、ガリラヤ湖は、水の循環があり命に満ち溢れています。
死海は、流れこんだ水の水分が少しづつ蒸発するので、塩分が30%と濃く、命が生息することはできません。
この二つの湖は、神様が実物教育の視聴覚教材として作られたとしか思えないほど大切なことを教えてくれます。
受けるだけの生き方の人は、死海のように命や実りのない状態になってしまいます。
不思議に思うことは、受けるばっかりで与えない人は、損をしないので豊かになるはずですが、口から出てくる言葉に感謝は少なく、不満や不足を訴えますし、喜びがありません。
さらに、人から好かれず、うだつの上がらない生き方に終始してしまう人が多いようです。
しかし、受けると同時に、与える人がいます。
それはお金や物だけではなく、自分の時間、受けて学んだノウハウ、知恵、愛の言葉、笑顔、親切など、自分の持っている良いものを豊かに与える人は、口から出てくる言葉に感謝が多く、喜びに溢れ、人から好かれ、何をしてもうまく行きます。
「主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを思い出しなさい」(使徒の働き20:35)
与えると、物理的に持っているものが減ってしまうはずですが、なぜ与えることが幸いなのでしょうか?
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�⇒燭┐徳蠎蠅�喜ぶ顔を見てうれしくなる
�M燭┐銅�け取った相手から何かが帰ってくることでさらにうれしいくなる
�ぜ�けた人は与えた人にお恩返しをしたくなるので、与えた人が貧しいままでいることはない
�ゼ�けた人は与えた人に好意を抱き、成功のチャンスを与えたくなる
与えないと、物理的に持っているものは減らず、増える一方なのに、幸いではないのでしょうか?
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�⇒燭┐覆い里覗蠎蠅�喜ぶ顔を見る機会が少ない
�M燭┐覆い里如∩蠎蠅�ら何かが帰ってくることが少ない
�ち蠎蠅蓮⇒燭┐覆た佑�困っている姿を見ても助けてくれることは希
�チ蠎蠅蓮⇒燭┐覆た佑帽グ佞鯤�きにくく、成功のチャンスも逃げてしまう
あなたはガリラヤ湖的な、受けて与える人生を生きていますか?
それとも、死海的な、受けるだけに徹した人生を生きていますか?
与えない人は、今貧しいことが理由かも知れません。
あるいは、豊かにもらった経験がないかも知れません。
神は、あなたに豊かに与えて下さる方です。
神から豊かに豊かに受けて、同時に、神と人に豊かに与えていく人生を歩んでみませんか?
「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」(ローマ人への手紙8:32)
「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」(ルカの福音書6:38)
私は、毎日みなさんに笑顔で喜びと希望のメッセージを分かち合うことができるので幸せです。
最後に、ガリラヤ湖的生き方が良くて、死海的生き方が悪いようなイメージで終わってしまったら、聖書の福音ではなく、因果応報の宗教の話になってしまいますが、結論部分に福音があります。
死海は、受けるだけで、受け続けて、命はないけれど宝の海(湖)になりました。
塩分が濃く、沈むことができません。浮いてしまうのです。死海は現在観光地の一つです。
また死海の成分から様々な製品が作られて、国の収入源となっています。
神様は、受けて与える人生の素晴らしさを教えると同時に、受けるだけの人生も、命の豊かさがないけれど、違う祝福を下さっています。
神様はすべての人を愛しておられます。
喜びに溢れた一日でありますように。
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