東海大学で学生3人の追悼式
04月16日 15時45分
一連の熊本地震のうち2度目の震度7の地震で、学生3人が亡くなった東海大学農学部では、熊本市のキャンパスで、追悼式が行われ、参列した教職員が黙とうをささげました。
東海大学では熊本地震の本震で、熊本県南阿蘇村にある農学部のキャンパスの講義棟などが大きな被害を受けたほか、学生が住んでいた周辺のアパートが倒壊し、当時、4年生の脇志朋弥さん、2年生の大野睦さん、1年生の清田啓介さんの3人が、下敷きとなって亡くなりました。
熊本市のキャンパスで行われたことしの追悼式は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けたため、規模を大幅に縮小し、4人の教職員が参列しました。
式では、参列した人たちが黙とうし、亡くなった学生たちを悼みました。
そして、岡本智伸農学部長が、「『地震があったからこそいまの私たちがある』と、未来で言えるよう、私たちは、努力をしていかないといけない。自然のうねりに立ち向かう方法をひもとく農学部の責務を果たしていくことを、夢を抱きながらも阿蘇の大地で亡くなった3人の命に誓う」と追悼のことばを述べました。
最後に、参列した人たちが献花台に花を手向けていました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20200416/5000008018.html
阿蘇神社の楼門 再建工事公開
04月16日 14時54分
熊本地震で大きな被害を受け復旧工事が進められている阿蘇神社で、16日楼門の再建工事の現場が公開されました。
阿蘇神社は、熊本地震で国の重要文化財の楼門が倒壊する被害を受けました。
倒壊した楼門はいったん解体され、境内の別の場所で部材の修理が行われています。
再建の現場は組み立て中の雨風をよける囲いが設けられています。
中には、来年から始まる組立のための足場やクレーンが組まれているほか今後、震度7の大地震が来ても耐えられるよう、楼門の柱に取り付けて地震の揺れを吸収する「制震ダンパー」が建てられています。
楼門本体の組み立て作業は来年の1月ごろから始まり、3年後の冬ごろまでに完成する見通しです。
阿蘇神社の宮司、阿蘇惟邑さんは、「重要文化財の再建のため、もともとの構造にどこまで新たに手を加えてよいのか、悩みながらの4年間でした。来年から組み立てにかかれるようになり、ようやく一歩を踏み出せると感じている。参拝者のためにも、1日も早く復興したい」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20200416/5000008017.html
土砂崩れで犠牲の夫婦を追悼
04月16日 12時03分
熊本地震のうち2度目の震度7の揺れがあった日から16日で4年となり、南阿蘇村の立野地区では、土砂崩れで犠牲になった夫婦をしのぶ追悼の祈りがささげられました。
南阿蘇村の立野地区では4年前の16日大規模な土砂崩れが起きて住宅が巻き込まれ、片島信夫さん(69)と利榮子さん(61)夫妻が亡くなりました。
片島さんの自宅があった場所の近くには去年慰霊碑が建てられ、16日午前当時区長をつとめていた山内博史さんが訪れ、花を手向けました。
そして手を合わせて黙とうし、追悼の祈りをささげました。
村によりますと、立野地区には地震前は360世帯が暮らしていましたが、地震後に再建を諦めた人も多く、今は200世帯にまで減っています。
去年11月に大津町のみなし仮設住宅から地区に戻って自宅を再建した山内さんは「再建や復興に向けてスタートしたばかりのときに、コロナの騒ぎが出てきてとても残念ではあるが、地区の復興に向けてできることをやっていこうと決意を新たにした」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20200416/5000008014.html
阿蘇市役所で職員が黙とう
04月16日 11時12分
熊本地震の本震から4年目となる16日、阿蘇市役所では職員が黙とうを行い、復興への決意を新たにしました。
阿蘇市一の宮町宮地にある阿蘇市役所の駐車場では、午前10時から防災無線のサイレンがならされ、市の職員およそ60人が熊本地震の犠牲者に黙とうを行いました。
このあと、佐藤義興市長が「熊本地震で亡くなられた方に祈りをささげるとともに、今も不自由な生活をしている方をしっかりと支えていきます。市民のみなさまと心をひとつにし、防災、減災に取り組み、安心安全な阿蘇市を作っていきます」と決意を述べました。
また、阿蘇市の高木洋総務部長は「今年度は国道57号線やJR豊肥本線などの再開の見通しが立ち、復旧が本格化していると感じています。新型コロナウイルスが落ち着いたら、多くの人に阿蘇に来てもらいたいです」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20200416/5000008013.html
熊本地震 本震から4年
04月16日 06時07分
一連の熊本地震のうち、2度目の震度7を観測してから16日で4年です。
土砂災害が相次いだ阿蘇地域の主要な鉄道や国道の復旧はことし10月までに終わる見通しですが、新型コロナウイルスの感染拡大が被災地の観光面にも深刻な影響を及ぼしていて、地域の復興がどの程度進むのかは見通せなくなっています。
4年前平成28年の熊本地震では、災害関連死を含めこれまでに熊本県と大分県で275人が亡くなりました。
最初に震度7の観測した2日後の4月16日、熊本県内では2度目の震度7の揺れを観測し、阿蘇地域では大規模な土砂災害が起きて交通インフラが寸断されました。
JR豊肥本線の阿蘇駅と肥後大津駅の間のおよそ27キロの区間と、熊本と大分を結ぶ国道57号線の一部の区間は、4年たった今でも不通となっていますが、熊本県は今月10日、JRは8月ごろに運行を再開し、国道は10月ごろに通行できるようになるという見通しとなりました。
また、地震で崩落した国道325号線の「阿蘇大橋」は、来年3月ごろに開通できる見通しです。
これによって阿蘇の交通インフラの復旧は大きく進むことになりますが、新型コロナウイルスの感染拡大によって阿蘇地域の宿泊施設ではキャンセルが相次ぐなど、観光面にも深刻な影響を及ぼしていて、地域の復興がどの程度進むのかは見通せなくなっています。
大きな被害が出た南阿蘇村では、地震の発生時刻にあわせ犠牲者に祈りがささげられました。
このうち阿蘇大橋が崩落した南阿蘇村の現場には、近くを車で走行していて行方が分からなくなり、およそ4か月後に下流で見つかった大学生の大和晃さん(22)の両親が訪れました。
両親は、現場でろうそくに火をともし花を手向けたあと、地震が起きた午前1時25分に祈りをささげました。
父親の大和卓也さんは「この日が来ると地震が起きたときに引き戻され、辛くなります。自分たちがここに立ち続けることで、晃の感じた寒さや怖かった思いを和らげてやりたいです」と話していました。
また、南阿蘇村では、一連の熊本地震のうち2度目の震度7を観測した地震で、東海大学農学部のキャンパス周辺にあったアパートが倒壊し、当時4年生の脇志朋弥さん2年生の大野睦さんそれに、1年生の清田啓介さんが亡くなりました。
地震からちょうど4年となる16日未明に、学生や卒業生など10人あまりが倒壊したアパートの跡地を訪れました。
そして地震の発生した時刻にあわせて黙とうし、亡くなった学生たちに祈りをささげました。
このうち地震後に東海大学農学部に入学し、熊本地震の「語り部」の活動をしている4年生の辻琴音さんは、アパートの跡地で黙とうしたあと、訪れた後輩に向けて、先輩から伝え聞いた、亡くなった学生のことや地震が起きた当時のことを語っていました。
辻さんは「今後の災害で悲しい思いをする人が出ないよう、『語り部』として活動を続けていくという思いで黙とうをしました。まだ『語り部』をしたことがない後輩たちにも、この場所で起きたことを少しずつ伝えていきたい」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20200416/5000008010.html
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