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2019年11月03日22:20

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建部大社参詣と八幡堀巡りの旅

久し振りに、建部大社へお詣りに行きたくなったから、京都8時38分の長浜行きで出掛けた。
最寄り駅は石山。
8時52分に到着。
石山の町を抜けて瀬田の唐橋を渡る。
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交通の要衝かつ京都防衛上の重要地であり、古来「唐橋を制する者は天下を制す」と云われていた。
壬申の乱、寿永の乱、承久の乱、建武の乱など数々の戦乱の舞台になって来た。

唐橋を渡ると、近江国一之宮・建部大社が鎮座している。
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景行天皇46年、日本武尊を「建部大神」として祀ったのが創建と伝わる古い神社である。
季節柄、七五三のお詣りに来ている人が多い。
まなにゃーさんが、「一年安鯛みくじ」を引く。
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見事、大吉を釣り上げた。
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御朱印を頂いて、本殿にお詣りする。
末社をお詣りしながら本殿の裏に廻ると、菊花石。
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それに、さざれ石が鎮座していた。
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境内をぐるりと廻り、記念撮影。
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七五三用に撮影スポットが多数、用意されていた。

10時40分頃、建部大社を後にする。
そして、瀬田の唐橋の東詰に室町時代から続く鰻の老舗「山重」へ。
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まなにゃーさんは、うまき御膳。
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私は、白焼御膳を頂く。
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酒も、近江の旨いのが揃っている。
木之本の「七本槍」
そして、愛知川の「旭日」を頂いた。
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ここの鰻は、関西風の「地焼き」で表面ばかりっとしており身はふっくらと仕上がっている。
絶妙な味わいであった。

瀬田鰻を堪能し、唐橋に差し掛かると、
何故かあずにゃんが土下座していた。
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石山から、12時28分発の新快速野洲行きに乗車。
野洲から米原行きに乗り換え、近江八幡へ移動。
13時の近江鉄道バスに乗り、大杉町で下車。
まずは八幡山ロープウェイで八幡山へ。
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八幡山は、豊臣秀次の居城である八幡山城があった事で知られる。
秀次失脚後、八幡山城は廃城となった。
本丸跡には秀次の母・豊臣秀吉の姉の日秀尼が開基した村雲門跡瑞龍寺が1963年(昭和38年)に移転されている。
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お参りして、御朱印を頂く。
境内に、人馴れしていない野良猫さんがいた。
そして、城跡を散策する。
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ロープウェイの駅近くにある展望台にも寄ってみた。
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ロープウェイで山を降りると、日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)が鎮座している。
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伝承によると、131年、成務天皇が高穴穂の宮に即位の時、武内宿禰に命じてこの地に大嶋大神を祀ったのが草創であると云われている。
691年、藤原不比等が参拝し、詠んだ和歌に因んで比牟禮社と改められた。
中世以降、近江商人の町として発展し、当社は守護神として崇敬を集めた。
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御朱印を頂いてから、八幡堀散策。
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八幡堀は、豊臣秀次が八幡山城を築城した際、市街地と琵琶湖を連結するために造られた。
城を防御する軍事的な役割と、琵琶湖の水運を利用する商業的役割を兼ね備えている。
八幡堀により船や人の往来が増えたことで商業が発達し、八幡山城廃城後の江戸時代には、城下町から商業都市として、近江商人が発展させた。
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その歴史的景観から、数多くの映画やドラマのロケ地にもなっている。
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また、古くからの街並みと共に、メンソレータムを日本に広めた宣教師で建築家のW.M.ヴォーリズの本拠地であった為、数多くの洋館も残されている。
白雲館、ヴォーリズ記念館等を見学する。
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旧西川家住宅などの古民家を眺め、「和た与」にて丁稚羊羮を購入。
大杉町から15時36分発のバスを待つが、渋滞のせいで15分くらい遅れた。
しかも、学生で超満員。
近江八幡駅に戻り、駅前にあるチーズケーキの店「アンデケン」でチーズケーキを購入。
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近江八幡発16時36分の新快速播州赤穂行きに乗車。
混んでたから、野洲で下車。
姫路行きの快速に乗り換える。
野洲始発だから、ガラガラ。
地下鉄を乗り継いで、17時31分に四条に到着。
汁パレスに帰着。
河原町に出て、ミュンヘンにて晩飯。
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ほうれん草のソテー。
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カキフライなどを頂く。
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汁パレスに戻り、チーズケーキを頂いた。
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まなにゃーさんもご満悦。
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