「希望があれば明日が見える」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20253 (写真入り記事)
スイスの哲学者であり、「幸福論」を書いたヒルティ(【Carl Hilty】1833〜1909)は、『寝床につくとき、翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である。』と言いました。
人が生きていくために必要なものは希望です。
希望を持てないと明日が見えなくなり、生きることがつらくなります。
希望を持つためには、まず、希望の対極にある絶望を知る必要があります。
絶望は、人間の先祖であるアダムとエバが悪魔に誘惑されて、神様から禁じられた木の実を食べる罪を犯した瞬間からはじまりました。
罪が人に不幸をもたらし、絶望を与えました。
夫婦や隣人との関係に、ねたみや憎しみ、争い、怒り、悪意が入り、互いに愛し合い、励まし合い、支え合いたいのに、ハリネズミのジレンマのような状態に陥ってしまいます。
ハリネズミのジレンマとは、ハリネズミが互いに温め合おうとするのに、互いのハリが相手の体に刺さるので、近づきたいのに近づけないジレンマのことです。
人生には様々な苦しみが満ちています。
体や心の病気。借金地獄。人間関係の不和。そして、人の最後は死です。
人間は、とことん絶望的です。
そんな私たちを救ってくれる人はいるのでしょうか?
多くの宗教があり、宗教は人間の努力やがんばりによって救いに到達しようとつとめます。
あるいは、運命を受け入れ、あきらめることを教えます。
さながら底なし沼に落ちた人が、何とか自力でそこから抜け出す努力をするか、底なし沼に落ちることを運命として受け入れてあきらめるかのどちらかの選択のようです。
しかし、その底なし沼の中にまで入って来て下さり、救い上げて下さる方がいます。
イエス様は、2019年前に、絶望の底なし沼にはまった私たちのところに来て下さり、命をかけて救い出して下さったのです。
罪と不幸と死を十字架で全て背負って下さり、死んで墓に葬られ、三日目に復活されました。
ここに完全な救いと希望があります。
私たちが、希望を持って生きていくならば、どのような状況にあったとしても幸福です。
夜寝る時にも、明日の朝起きることが楽しみで仕方がありません。希望こそが人を生かす力です。
人がうらやむような人生を生きている人が、実は生きることが苦しくて、「死にたい!」と毎日思っていることもあり得ます。
「あんなに優しくて、礼儀正しくて、感じのいい人が・・・」と言われる人が、人を殺すことがあります。
うわべはいい人に見えても、その心には希望がなく、幸福な人生を生きていなかったのだと思います。
イエス様は、人間の最大の敵である死を滅ぼして下さいました。
それ以下の敵、それ以下の試練、それ以下の患難からも救い出して下さったのです。
希望はハッピーエンドを約束します。
『わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。−−主の御告げーー それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。』(エレミヤ書29章11節)と聖書に書かれています。
希望は、今あなたの目の前に差し出されています。
その希望を持って生きていきましょう。
今日も素敵な一日でありますように。
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