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2019年05月01日07:31

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神様にほめられる人とは!?

「神様からほめられる人とは!?」

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19894 〈写真入り記事〉

タクシーの運転手と牧師が天国に入った。

タクシーの運転手は、最高で時速200kmも出すようなスピード狂であった。乗った人は、シートベルトをし、「死ぬかも知れない!」と思った。

牧師は、優しい語り口で、難解な説教をし、会衆を安らかな気持ちにさせた。

ある日、タクシーの運転手と牧師は死んだ。

神様は、天国で牧師よりもタクシー運転手をほめた。

タクシー運転手に神様は、「あなたは、たくさんの人に、『神様、助けて下さい!』と祈らせた。偉かった。」

次に、神様は牧師に、「あなたは40年も教会を牧会したが、みんなを眠らせてばかりだった。一体どういうことだ!?」

これは事実に基づいた話ではなく、ジョークですが、目の前の会衆が眠っていることほどつらいことはありません。

神様は、この状況をどう見ておられるでしょうか。

目に見えない神様を伝えるためには、神様を知っていることが必要になります。、

聖書には、目に見えない神様を、目に見える像に刻んで、それを拝むことを禁止しています。

神様は、目に見えないお方であり、目に見える形ではあらわしきれないほど偉大な方だからです。

「この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちの息と万物とをお与えになった方だからです。神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である』と言ったとおりです。そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。」(使徒の働き17:24〜29)と聖書に書かれています。

教会には、神の臨在があります。

目で見えず、耳で聞こえず、手で触れることはできなくても、神がここにおられ、生きておられることを、体験することができます。

聖霊が満ち溢れ、神の臨在が満ち溢れるならば、教会に来て眠くなってしまうことはありません。平安といやしがあり、人を元気にさせます。

日曜日に、タクシーに乗って、スピード狂の運転手の運転に、「神様、助けて下さい。守って下さい!」と祈るのもいいですが、教会で、「神様、一週間守って下さい!」と共に祈りたいと思います。

ゴールデンウィークが続きますが、日曜日には忘れないで教会に行きましょう。

神様を信じ、神様を愛する心は、教会を愛し、礼拝を大切にするという生き方にあらわれます。

神様はそのあなたの生き方を喜ばれます。

令和元年を迎え、まず神様を思い、神様に祈りながら1日をスタートして下さい。
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