性の多様性訴え行進、渋谷
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5600969
「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」ー伝・ヴォルテール
大大大嫌いな杉田水脈を擁護する。なぜ嫌いかは一言で済む。安倍の側近にして支持者だからだ。
なぜ擁護するのか?言論の自由の危機だからである。日本の民主主義は「失敗」した。事実上の言論弾圧をしたからだ。杉田水脈は新潮社の雑誌「新潮45」2018年8月号に「しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。」などと書いて、バッシングを受けた。「新潮45」は最終的に休刊となっている。
杉田の論文はこれである。
http://blog.livedoor.jp/skeltia_vergber/archives/51543955.html
それは偏ってはいるが、それなりに冷静で筋の通ったものであり、「LGBTを殺せ」とか言うような生命に危険を及ぼすような内容ではない。
日本国憲法>第二十一条
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
これに対して制約を加える可能性があるのが、「公共の福祉」である。
>第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
「公共の福祉」は現在では他者の基本的人権であるという。極めて限定的に適用すべきである。杉田の論文は言論の自由を濫用しているだろうか?私はそうは思わない。「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。」極めて冷静で謙虚な物言いと言わざるを得ない。直ちに税の支出をやめるべきであると言っているわけではないし、仮にそうだとして、一つの意見として尊重されるべきであろう。私個人としては一銭も払うべきではないとは思わないが、大量に使うことに対しては反対である。国家予算について議論することは、国会議員の重要な役割の一つであり、むやみに制約されてはならない。この発言が直ちにLGBTの基本的人権を侵害するとは思わないし、言論、表現の自由を制約する理由はない。
次の部分が>彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。
ここには一つの誤謬がある。子供を作らないというのはレスビアン、ゲイについては事実であるが、バイセクシュアルには当てはまらない。しかし、瑣末な、誰でもやってしまうような間違いである。直ちにLGBTの生存権を危急に追い込むような種類の言論ではない。それは当事者には不愉快であろう。しかしそれは冷静に反論すればいいことであり、相手を圧殺するような状況ではないのである。
杉田氏の論文は全文改めて読み直したが、「発禁」にすべき十分な理由は一つも見出せなかった。言論リンチの行き過ぎであり、杉田氏の基本的人権に対する侵害であることはいうをまたない。
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