「どんなことが起こっても大丈夫」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19848 〈写真入り記事〉
あるユダヤ教の教師の家庭において、息子が突然「キリスト教に改宗したい」と言い出した。
両親はショックのあまり言葉を失い、夜一心不乱に祈り始めた。
すると、急に天から神が現れた。
そこで両親はこう叫んだ。
「主よ、わたしたちの息子がキリスト教に改宗すると言っています。あの憎きキリスト教に息子が盗まれてしまいました!」
すると神は、ため息一つ付いてこう言った。
「実は、わたしの息子もそうだった。」 (神の息子は、「イエス・キリスト」)
人生は何が起こるかわかりません。
一寸先は闇なのか?光なのか?
でも、なるようになる「ケセラセラ(Que sera sera)」で生きていったらいいのでしょうか?
仏教徒の「リチャード・カールソン」という人が書いた、「小さいことにくよくよするな! しょせん、すべては小さなこと」という本がベストセラーになりました。この題名には説得力があります。
聖書は何と言っているでしょうか?
2000年も前から、「何事も(大きいことも、小さいことも)思い煩ってはならない。(くよくよするな!)ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。」と語っています。
「ケセラセラ(なるようになる)」ではなく、「神が共におられるから大丈夫!」と言っているのです。
確かな土台を持って、くよくよしないで、楽しみながら新しい日を迎えましょう。
すべては、自分を造られた神を信じ、頼り、讃えるところから始まります。
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