「これから行く先を見る」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19844 〈写真入り記事〉
16歳で自動二輪の免許を取得し、バイクを乗るようになりました。
当時、全国高等学校PTA連合会で決議されて、「バイク3ない運動」というものがありました。多くの学校で校則に組み込まれ、強い実効力をもっていました。
「バイクの免許を取らせない」
「バイクに乗せない」
「バイクを買わせない」
私が通っていた高校はあまり関係がなく、中学時代の同級生の前に現れては、「いいだろー!」って自慢したことを思い出します。
時間があれば、河原を走り回り、「ジャンプ」「アクセルターン」「ドリフト」を体で覚えました。やがて、箱根や奥多摩などの峠道を走るようになりました。
慣れないライダーが峠道を走ると、「転ぶんじゃないか!?」「曲がり切れないんじゃないか!?」「対向車とぶつかるんじゃないか!?」などの恐怖心が湧きます。
そんな時、バイクがこれから向かう先を見て運転するといいのです。
「曲がれる!アクセルオンだ!」「曲がれない!ブレーキだ!」「よし安全だ!」「危険だ!」ということが瞬時にわかるようになります。そして、恐怖心を感じることなく安全に走行することができます。
「行く先を見る」というのは、スキーやスノーボードを始めた頃にも役に立ちました。どうしても足元を見て、「転んだらどうしよう!?」「恐い!」「止まれないかも!」などの恐怖心が湧いて来ます。しかし、自信を持って、これから滑って行く先を見ていると、恐怖心が減り、案外スムーズに滑ることができます。
人生においても同じです。人生の目的や目標を定め、そこを向かって進んで行くならば、細かい失敗を恐れたり、いろいろ考えすぎて消極的になったり、否定的になることがなくなり、自信を持って前に進んで行くことができます。
だからといって、障害がない訳ではありません。障害は山ほどあります。しかし、その障害のずっと先にあるゴールを見ているので、障害が前進を妨げることがないのです。
障害がある時、
�� 一時、立ち止まり
�� 神に祈り、導きを求める
�� 導きに従って、神と共に障害を突破する
人生の目的は、「神の栄光を現し」「幸せになる」ことです。
人生の目標は、その人生の目的から出てくるものです。
目標は目的の結果として出るものであって、「まず目標ありき」ではありません。最終目的地は、死という絶対的な障害の先にある永遠の天国です。
「私たちの国籍は天にあります。」(ピリピ人への手紙3:21)
最近、うまくいかないな!? 萎縮しているな!? イライラするな!? 何かがおかしい!? など、人生が空回りしたり、こんがらがっているとしたら、今日のこのコラムがあなたの助けになると思います。
神様の祝福がありますように。
ログインしてコメントを確認・投稿する