mixiユーザー(id:7448789)

2019年02月02日18:04

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慈悲と知恵

慈悲と知恵について考える。

まあ、どちらも仏教では重要な徳目とされる。
こんな話を以前聞いたことがある。
アフリカかどこかで水が不足して貧しい子供達が渇きに苦しんでいる。そこで、日本人のボランティアが気の毒に思って「ジュース」を与えようとした。すると外国から来ていた先輩のボランティアが止めていった。
「この子たちは2度とジュースが飲める環境ではありません。ジュースを与えたらその味が忘れられなくなるでしょう。水を与えましょう。」

日本人のボランティアには慈悲がある。慈悲とは「思いやり」と言い換えてもいいだろう。しかし、この件に限っていえば、外国人のボランティアより知恵が不足していたと言えるだろう。外国人のボランティアには慈悲と知恵が兼ね備わっている。このことが大事である。「慈悲」が基本であり、それを効果的に実現する手段が「知恵」であるということ。

「慈悲」の欠けた「知恵」はどうであろうか?
国会で「モリ」とか「カケ」とかやっている。官僚が自分の仕える政治家に「忖度」して、あらゆる知恵の限りを尽くす。しかしそれは本来の「主人」である国民に対する慈悲に基づいていない。よく忖度した官僚にはふさわしい地位が与えられる。こういう知恵の使い方は「悪知恵」だと思う。慈悲のあり方が、狂っているのである。

ただしい慈悲に基づき、正しい知恵を使うことが大事ではないだろうか?
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