「流れをさかのぼって泳ぐ魚のように」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2019/2/2(土)【1382】」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19604 (写真入り記事)
死んだ魚と生きている魚の違いは何でしょうか。重さや大きさは変わらないですが、いのちがあるので、流れをさかのぼって泳ぐことが出来ます。
クリスチャンになり、ある時は力と喜びに溢れているのに、違う日には、力も喜びもなくなってしまうことがあります。
その原因は、霊的いのちのあるなしにあります。
死んだ魚も生きている魚も、流れに沿っている時は同じような状態にあります。
しかし、死んだ魚は、流れをさかのぼることはできません。
霊的いのちが枯れた人も、いのちに溢れている人も、順風満帆にことが進んでいる時には笑顔でいられます。
しかし、逆風が吹き始めたら、いのちのあるなしが決定的となります。
霊的いのちがあると、どのような状況の中に合っても神を見上げ、神に頼っていますので、逆風や逆流がやって来ても、それに負けることがないばかりか、それを祝福に変えてしまいます。
ヨットやウインドサーフィンが、逆風でさえも、前進する力に変えてしまうことができるように、霊的ないのちがあると、どんな時にも前に進んでいけます。
霊的いのちは、いのちのパンである「聖書」といのちの水である「聖霊」によって与えられます。
今日も、祈り、聖書を読み、霊的いのちを頂いて歩んでいきましょう。
この後も、ステキな時間でありますように。
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