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2019年02月01日11:22

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ボーダーライン

「妥協できる点とできない点のボーダーを知る」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2019/2/1(金)【1381】」

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19598 (写真入り記事)

キリスト教の中で、教派を越えて協力して活動をする時に、驚きを隠せないことがあります。それは、各教派それぞれにおいて文化や価値観が違うからです。

しかも、それを多様性として受け入れ合うことが体質の教派もあれば、「これこそが正しいのだ!」と妥協しない教派もあります。

まずは、「そういうものだ!」という事実を知り、受け入れることからスタートしなければ、協力関係は成立しません。

今日は、所属する教団の役員会が行われますが、同じ教団の中でも、多種多様な意見がありますし、同じ教会の中でもいろいろな考え方をする人がいます。

家族の中で、親子の考え方、兄弟の考え方が合わないことがあって、仲が良くない家族を見かけることがあります。

私は、韓国人の妻と結婚をしたので、当初は難しく感じましたが、日本人同士であっても、クリスチャン同士であっても、夫婦関係は難しいものです。

そこで、妥協できる点とできない点のボーダーを知り、それを持った上で、そこからはみ出さないなら寛容に対応し、そこからはみ出すなら妥協しないという対応が必要ではないかと思います。

クリスチャン同士であるなら、「イエスは主、われらの救い主」と告白できるなら、一致を目指すべきです。

キリスト教の中に、宗教や宗派を超えたエキュメニカル運動(宗教一致運動)がなされることがあります。

私は、宗教者同士が対話をし、仲良くすることは大切だと思います。

しかし、「どの登山道を使っても頂上に登れるように、どの宗教であっても救われる」という前提での一致は似は反対します。

救いは、ユダヤ人であっても、ギリシャ人であっても、日本人も、どの国の人であっても、「『イエス様が私の積みのために十字架で死なれ、葬られ、よみがえられた』と信じるなら、完全で、永遠の救いが与えられる」枠を外すつもりはありません。

「どの宗教でも救われる」と考え、その枠組みで活動する人がいても、それはそれでよいと思いますが、私は、そこには与しません、ということです。

各人が、「これだけは絶対に妥協できない!」というボーダーラインを持つべきだと思います。

それを持つと、それ以外の本質以外の枝葉のことがらには寛容でいられるし、仲良くできるからです。

人は、自分とが合う人や、好き嫌いを基準にセクト(分派)を作りたがるものです。

小学校の時に、ある風変わりな同級生に対して、クラスみんなを巻き込んで、「○○(苗字)しかと【特定の人を無視するヤクザの隠語】連合」というものが結成されました。

みんなは遊び半分で行ないましたが、担任の先生はとても厳しい対応をしました。

「連合」という言葉が、当時の「暴走族」で使われている名称だったことも理由だと思いますが、しかとされ、無視された人を考えたら、とんでもないことだと思います。

人は、自分が好きな人を担ぎ上げ、嫌いな人を引き降ろし、差別をすることが好きです。

妥協できないボーダーラインを持っているならば、そういう差別や好き嫌いで区別することがなくなるものです。

組織を運営する時には、個性が強すぎる人がいると困りますので、その個性を薄めたり、調和することが大切です。しかし、好き嫌いで人を排除してはいけないと思います。

という私は、過去において、好き嫌いで人を排除したり、反対に、排除された経験があるので、それをしてはいけない、それを許してはいけないと肝に銘じています。

みんな平和が好きだと思います。しかし、人には、自己中心の罪があるゆえに、分裂や分派が起こります。

それをできるだけなくしていく努力は必要だし、それは素晴らしい実を結ぶと思います。

喧嘩して分かれてしまったら、よっぽどのことがなければ、二度と一緒にやることはありません。

しかし、喧嘩別れがなければ、時間をかけて話し合うことで理解し合い、仲良くなれるかも知れません。

そんなことを考えながら、今日の教団の役員会に臨みたいと思います。

この後も、ステキな時間をお過ごし下さい。
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