「信仰によって生きよう!」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2019/1/6(日)【1355】」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19509 (写真入り記事)
聖書は、信仰を次のように定義します。
「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。」(ヘブル11章11節)
信仰とは、目に見えない事実を確認することだと言うのです。
可能思考とか、思い込みの強さではないのです。
心の目で、まだ見ていない事実を見ながら生きる生き方です。
可能思考や思い込みは、事実かどうかは問題とはなりません。
信仰をこれと同じように解釈する人がいます。
「私はまだまだ信仰が足りないので・・・」
「信仰者とは名ばかりで・・・」
しかし、信仰とは、思い込みの類いではなく、事実に基づく生き方なのです。
そのためには、まず事実を知らなくてはいけません。
事実を知るためには、聖書を学び、信じることからです。
「そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ人への手紙 10:17)
信仰とは特殊な才能ではなく、神の言葉である聖書を聞き、学ぶことからはじまります。
今日は、最初の日曜日。教会に行って聖書の言葉に耳を傾けましたでしょうか。
聖書を読み、祈り、その事実を確認し、確信しながら生きていきましょう。
問題があっても、先取りして感謝し、希望を待って生きる生き方には、不動の喜びと平安があります。
もし、私が信仰によって生きていなかったとしたら、激動のこの世界を生き抜く自信はありません。
信仰とは、可能思考や思い込みで生きるのではありません。事実に基づいて、まだ見ていない事実を見ながら生きていくことなのです。
そこに、希望と喜びと平安があります。
そんな生き方をご一緒しませんか?
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