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2018年10月04日12:25

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教育勅語を考える

新任の文部科学大臣、柴山昌彦氏が、教育勅語を評価する発言をして物議を醸している。
なぜ教育勅語はこれだけたびたび問題になるのか、考えて見たいと思う。

参考までにWikipediaから全文を引用する。
>朕(ちん)惟フニ(おもうに)我カ(わが)皇祖皇宗(こうそ こうそう)國ヲ(くにを)肇ムルコト(はじむること)宏遠ニ(こうえんに)��ヲ樹ツルコト(たつること)深厚ナリ(しんこうなり)
我カ(わが)臣民(しんみん)克ク(よく)忠ニ(ちゅうに)克ク(よく)孝ニ(こうに)億兆(おくちょう)心ヲ一ニシテ(しんをいつにして)世世(よよ)厥ノ(その)美ヲ(びを)濟セルハ(なせるは)此レ(これ)我カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ�外薀諒ジ察覆┐鵑欧鵝頬髻覆泙拭釦薀法覆犬弔法忘.法覆海海法紡献后覆召鵑后�
爾(なんじ)臣民(しんみん)父母ニ孝ニ(ふぼに こうに)兄弟ニ友ニ(けいていに ゆうに)夫婦相和シ(ふうふ あいわし)朋友相信シ(ほうゆう あいしんじ)恭儉(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ博愛(はくあい)衆(しゅう)ニ及(およ)ホシ學(がく)ヲ修(おさ)メ業(しゅう)ヲ習(なら)ヒ以(もっ)テ智能(ちのう)ヲ啓發(けいはつ)シ��器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ進(すすん)テ公益(こうえき)ヲ廣(ひろ)メ世務(せむ/せいむ)ヲ開(ひら)キ 常(つね)ニ國憲(こっけん)ヲ重(じゅう)シ國法(こくほう)ニ遵(したが)ヒ一旦緩急(いったんかんきゅう)アレハ義勇公(ぎゆうこう)ニ奉(ほう)シ以(もっ)テ天壤無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運(こううん)ヲ扶翼(ふよく)スヘシ
是ノ如キハ(このごときは)獨リ(ひとり)朕(ちん)カ忠良(ちゅうりょう)ノ臣民(しんみん)タルノミナラス又(また)以テ(もって)爾(なんじ)祖先(そせん)ノ遺風(いふう)ヲ顯彰(けんしょう)スルニ足ラン

斯ノ(この)道ハ實ニ(じつに)我カ皇祖皇宗ノ遺訓(いくん)ニシテ子孫臣民ノ倶ニ(ともに)遵守スヘキ(じゅんしゅすべき)所(ところ)
之ヲ古今ニ通シテ謬(あやま)ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス(もとらず)朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺(けんけんふくよう)シテ咸(みな)其��ヲ(そのとくを)一ニセンコトヲ庶幾フ(こいねがう)

明治二十三年十月三十日
御名御璽(ぎょめい ぎょじ)
以上、引用。

この条文で最大の問題点は、この部分だと思う。>一旦緩急あれば義勇公に奉じ、
この部分だと思う。「いざという時は命を捨てて公(国、政府)のために尽くし」という意味になろうか。それ以外のところは割と無難な徳目を並べている。だから後者に力点をおけば、道徳の模範になると解釈もできる。しかし政府関係者が批判覚悟でたびたび教育勅語に言及する本音はそこにないであろう。

「義勇、公に奉じ」を国民に刷り込みたい。そういうことではないか。

この点を見失うと、問題が見えなくなる。




■柴山文科相、教育勅語「アレンジし道徳に使える分野も」
(朝日新聞デジタル - 10月03日 19:26)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5316073
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