「正直者が馬鹿を見る」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2018/9/30(日)【1257】」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19211 (写真入り記事)
今日は、台風24号が日本に上陸すると天気予報が報じてくれたお陰で、多くの人が外出を控えたのではないかと思います。
教会員の中でも、教会を休んだ方々もいました。
しかし、フタを開けてみると、朝の礼拝も、夕方の礼拝も、台風とは無縁のような過ごしやすい天気でした。
東京はこれからかも知れません。電車は夜8時以降運転を見合わせるとのことで、多くの人が、「これは危険だ!不外出を控えよう!」と考えたのではないかと思います。
キリスト教信仰は、日曜日だけではありません。
日本教と言われる、日本特有の宗教は、年に1〜2度お参りをするようなものが多く、クリスチャンが毎週日曜日に教会に行くと聞いて驚かれたことがあります。
しかし、日曜日だけのクリスチャンを「日曜クリスチャン」「サンデー・クリスチャン」と言います。
聖書が教える信仰は、1日24時間、1年365日の信仰です。
無意識であっても、絶えず呼吸を続けているように、いつも神様に祈り、神様と共に歩むことを聖書は教えます。
毎週日曜日の礼拝が大切なことは言うまでもありませんが、それだけではなく、一瞬一瞬神様を覚えて生きていきます。
そうしなければいけないから、そうするのではありません。
そうする必要があるから、そうするのです。
呼吸を10分止めることができるでしょうか?
それと同じか、それ以上に、いつも祈って、霊の呼吸をすることが必要なのです。
花束をもらってうれしいと感じる人がいると思いますが、私は、花束だったら、鉢に植わった植木の方がうれしいです。
花束は、どんなにきれいで美しいとしても、根がないので、しばらくしたら枯れてしまうからです。
神を信じない人、クリスチャンでも神をないがしろにしている人は、花束と似ています。
神を第一にして生きている人よりも、神を信じなかったり、神を第二、第三にしている人の方が、人生がうまく行っているように見えることがあります。
「悪を行なう者に対して腹を立てるな。不正を行なう者に対してねたみを起こすな。彼らは草のようにたちまちしおれ、青草のように枯れるのだ。」(詩篇37:1〜2)と聖書は語ります。
さらに、「主に信頼して善を行なえ。地に住み、誠実を養え。主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。」(詩篇37:3〜6)とあります。
私たちの祈りは、神を第一にできますようにと祈るべきです。
「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6:33)
人生を短いスパンだけで見るのではなく、一生や永遠というスパンでみることが大切です。
「正直者が馬鹿を見る」と言われます。
短いスパンで見ると、悪賢い者がずるく立ち回って得をし、正しい事がなかなか通らないので、正直者が損をすると考えられます。
しかし、長いスパンで見ると、これが入れ替わり逆転します。
正直者が信頼され、守られ、祝福されて、馬鹿の結末を見ることになります。
神を第一にする人生を求めることが最高の祝福なのに、それに気づかないで生きている人はもったいないです。
旧約聖書に出て来る正直者のヨブは、短いスパンで見たら損をした人生でしたが、長いスパンで見たら、逆転し、二倍の祝福が与えられた人生となりました。
そんな、賢い人生を選び取って生きたいですね。
神の恵みに感謝を致します。
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