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2018年08月18日22:33

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徳川美術館・宝善亭と一宮市立博物館・妙興寺の旅

今日は1年振りの愛知遠征。
勿論、18きっぷの旅。
6時25分の地下鉄で出発。
京都駅で臨都閣下と合流。
色々とあり、8時発の新快速近江塩津行きに乗車。
米原駅で車輛トラブルが発生しており、列車に行先変更、運転打切などが行われている。
乗車した新快速も、石山駅で後続の列車の待ち合わせ。
これも運転打切の影響。
10分の遅れで石山を発車。
更に、新快速だと云うのに草津から米原、臨時に各駅停車に。
遅れは拡大して行き、8時55分米原到着の予定が、22分遅れの9時17分着。
米原発9時18分の特別快速には、ギリギリ間に合うが、乗り換え客を待った影響でこちらも3分遅れでの発車。
結局、名古屋には4分の延着。
10時38分発の高蔵寺行きに乗車。
大曽根には10時50分に到着した。

徳川美術館までは徒歩約10分。
11時に宝善亭の予約を入れていたから、速足で移動する。
何とか、11時5分位には着いた。
今回も「信長御膳」を予約していた。
程なく、御膳が運ばれて来る。
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食前酒は赤ワイン。
当時既に飲まれていた。
葡萄自体は鎌倉時代には渡来していたそうだ。
更に、鮎の内臓と卵の塩漬けにした、うるか。
魚の擂り身を串につけて焼いた、蒲鉾。
茹で蛸の酢の物。
ナマコの内臓を塩漬けにした、このわた。
それに鮑。
続いて椀物。
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椀物は鯉。
当時最上級の魚は鯛では無く鯉。
そして鱸の造り。
フォト
昆布で〆てある。
鱸は三鳥五魚の一種で、美味な魚として当時も食べられていた。
内陸の安土で、海の鮮魚を提供すると云うのが、権力者の証でもある。
醤油がまだ無い為に、蓼酢で頂く。

焚き物。
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茄子つぼつぼと云い、茄子をくり抜いて中に鶏の挽き肉をつめ、茄子の身でふたをしたもの。
当時は鴫の肉を用いていたが、今は叶わぬ為に鶏で代用している。
焼物も、鴫を用いていた。
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しかし、今は叶わないので鴨。
更に、琵琶鱒塩焼き。
生麩の田楽。
そして焼き味噌。
信長の好物だったそうだ。

最後に、宇治丸と湯漬け。
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宇治丸は、鰻を丸のまま焼いてたれをつけたもので、蒲焼きの元祖。
これを乗せて、湯漬けにする。
湯漬けは信長の好物でもある。
そして瓜味噌漬け。
〆には羊皮餅。
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北野さんの、長五郎餅みたいな感じのものである。
たっぷり2時間掛けて頂いた。
この後、徳川美術館の見学。
「銘刀紀行」なる催しをしており、見応えがあった。

15時過ぎに離脱。
大曽根発15時37分の名古屋行きに乗車。
金山で名鉄に乗り換え。
15時50分発の名鉄特急岐阜行きに乗車。
国府宮で普通に乗り換えて16時12分、妙興寺に到着。
ここから徒歩約7分で、一宮市立博物館がある。
ここでこの様な催しを9月までやっている。
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それでわざわざやって来たのだが。
何と、空調の不調で8月12日で終了していた。
一体、何のために一宮まで来たのやら。
仕方が無いので、隣接する妙興寺に参拝。
境内には猫さんが三人もいた。
帰りに西住院、白山神社を参拝。
妙興寺の駅に到着。
17時12分の名鉄岐阜行きに乗車。
一駅で名鉄一宮。
ここで尾張一宮発17時26分の特別快速大垣行きに乗り換える。
次の新快速が米原行きだから、それでも良かったのだが、大垣で銘菓・柿羊羹を買いたくなったので、早い電車に乗った。

大垣で柿羊羹を買い、16時4分発の新快速米原行きを待つ。
駅の案内には「当駅始発」とある。
時刻表では豊橋から米原行きになってるから、大垣で増結するもんだと思っていた。
直に米原行きが入線して来た。
始発だから余裕で座れる。
そして16時3分、窓の外に「新快速・米原」と書かれた列車が到着した。
そして乗客は皆降りている。
降りた乗客は跨線橋を渡り此方の「米原行き」に乗車して来た。
どうやら、何かしらのトラブルで大垣停まりとなり、大垣から米原行きを仕立てたようだ。

豊橋から来た新快速米原行きが回送列車として先発。
8分遅れで大垣始発の新快速米原行きが発車した。
もし、尾張一宮から米原行きに乗っていたら。
完全に捲き込まれて立席だっただろう。
睡魔に襲われ爆睡する。

米原から播州赤穂行きの新快速に乗り換える。
そしてまた爆睡。
京都で臨都閣下と別れて伊勢丹で買い物。
地下鉄で帰宅。
軽く汁パレスで呑んだ。
明日はまた仕事。
眠い。



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