誰かにジャッジされたときに思い出してほしい7つのこと
2018年8月14日 METAPHYSICSTSUSHIN
誰かにジャッジされたとき
スピリチュアルで言うジャッジメントとは、個人的な価値観や思い込みから対象を判断することで、通常、ネガティブなニュアンスを持つ場合に使われる言葉です。それぞれの特徴を比べたり、ポジティブな感情をもたらす場合には使いません。
ここでいう「誰かからジャッジされた時」とは、「人から悪く言われた時」と、ほぼイコールだと思ってください。誰かの考えをコントロールすることはできませんが、悪く言われたら、やっぱり悲しいです。どう対処したらよいでしょうか。
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誰かにジャッジされたときに思い出してほしい7つのこと
1.個人的に受け取る必要はありません
誰かがあなたを批判したり、あなたの言動を悪く言うとき、まず思い出してほしいのは、彼らは自分が抱えるネガティブな感情をあなたに投影しているだけだということです。
2.何を言われたかより、どう反応するか
彼らが何をどう思ったのかは、最終的にそれほど重要ではありません。大切なのは、あなたがどう感じ、どう反応するかです。
3.相手の考えを変えることはできません
公平な考えを持ってもらうよう仕向けることは、残念ながらできません。誰にでも思考の自由があるからです。相手の考え方が変わることを期待するより、自分の考えを変える方が早いです。
4.真実は、あなたと宇宙が知っています
あなたの真実を完全に理解できる人は、あなた以外には存在しません。他の人には、その人の見方があるからです。誤解されたら悔しいですが、でもあなたの真実はあなたが知っていれば、それで十分なのです。宇宙もそれを感じています。
5.自分を受け入れてあげてください
彼らに言われて傷ついた心も、まずはあなたが受け止め、優しく労わりましょう。その言葉はあなたの真実ではないことを、よく自分に言い聞かせてあげてください。
6.最良の選択は、距離を置くこと
ジャッジしないよう強制することも、残念ながらできません。最良の選択は、まずはそこから精神的・物理的に離れることです。彼らと戦うことで自分を消耗するのは、エネルギーの無駄です。あなたを理解してくれる人と過ごし、愛を補給しましょう。
7.隠れた祝福に気付きましょう
実は自分でも納得していなかった部分を指摘されたなら、それは隠れた祝福です。率直な意見をもらったことに感謝し、それを前向きに受け止め、自分を変えていく勇気があるあなたを誇りに思いましょう。
Yeah, you judged wrong. I already know the TRUTH, and I will not break the silence to explain our decision: you wouldn't accept it anyway, you're in too deep, victims defend abusers and refuse the truth. That's why we couldn't stay.
ジャッジメントの構造って、お局さんが新人OLを嫌う構造と同じなんですけど、だからって新人OLもお局さんに歯向かってたら、全然丸く収まらないんですよね。難しいところです。
私なんかすぐ長いものに巻かれるというか、むしろ巻かせていくスタイルですけど、絶対巻かれないっていう人もいますし、なんでもいろいろですね。
意地悪なことを言われたら、心は傷つきますが、だからって私たちの価値は、まったく揺るぎもしないんですよ。
http://metaphysicstsushin.tokyo/2018/08/14/誰かにジャッジされたときに思い出してほしい7/
私のアウェイクニングの話 その21.スピリチュアルは孤独じゃない
2018年8月13日 METAPHYSICSTSUSHIN
スピリチュアルは孤独?
スピリチュアル・アウェイクニングを迎えると、周りの人たちと話が合わなくなり、孤独に陥ると言われます。
確かにそういう状態はありますが、プロセス全体から考えたら、あくまでも初期段階です。
アウェイクニングの結果、待っているものは、何でもすいすいできる自由な世界でしかありません。呼吸をするように人生の中に愛があり、ただ、愛しかありません。すっかり忘れていて、考えにも上らなかった夢が、ある日、現実になります。まさに黄金時代なんですよ。
でも10年前の私がそんなことを聞いたら、へーそうなんだとは思っても、別に自分には必要ないとか、全然いいと思わないと言い訳をして、そんな可能性が自分の人生にあることすら否定しただろうと思います。
私にとっては、自分を閉じ込めている檻の中から自分を連れ出すことがアウェイクニングでした。もちろん人生は自由選択ですから、孤独を選ぶのもありですけどね。
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ジャッジメンタルになっているかも知れない
スピリチュアルに興味を持つと、興味を持たない人たちと話が合わなくなると言われます。そんな状況にいる自分に気付いたら、まずは自分の中をチェックしましょう。
物事がスムーズに運ばなかったり、どこか心に行き詰まりを感じる時は、まっ先に自分の思い込みをチェックする。それがアウェイクニングの必勝法です。
相手に対してジャッジメンタルであるとき、その裏には必ずと言っていいほど、恐れがあると言えます。自分の価値を否定されることへの恐れです。
あなたの中に、スピリチュアルに興味がないことを理由に相手を否定したり、メインカルチャーを悪く思う傾向がないでしょうか。
彼らのフィールドと価値基準では自分は理解されず、低い評価を下されることを恐れてはいないでしょうか。
その恐れのために、自分から心を閉ざしてはいないでしょうか。
あなたが感じている孤独は、あなたが作り出したものではないでしょうか。
畳みかけてしまいましたが、こうした段階はアセンション症状のひとつでもあり、もちろん私もばっちり経験しています。私の話が誰にでも当てはまるとは思いませんが、自分のことを振り返り、その上でこの記事を書いています。
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スーパージャッジメンタルだった私
私も以前は、人に言えないくらいスーパージャッジメンタルでした。スピリチュアルに興味を持つ前のことです。当時の私はサブカル女子の典型で、音楽・映画・文学・洋服のセンスが合わない人とは、まったく話もしませんでした。
人間て妙なもので、特に好きなことに関しては、やたらこだわりを持ったり、自分の基準に見合わない人に対して批判的になったりするんですよね。
大学時代はそれでよかったものの、就職してからは、学校の先生なんて、みんなド堅気か体育会系なので、決して仲良くなりませんでした。ボーリングとかバーベキューとか、やってられっかよ。
職場の外に仲の良い友達はいましたが、私にとっては一番生きづらい時代でした。
さすがに途中から、何か変だぞと思うようになりました。自分の価値を守るために、自分を箱の中に閉じ込め、必死に言い訳をしているように感じたからです。
それに気付いた時、本当のアウェイクニングプロセスが始まったように思います。
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いわゆるスピリチュアルな話なんて必要ないよ
結論から言えば、私たちはみんなスピリチュアルな存在ですから、スピリチュアルな話なんて、本当に誰とでもできるんですよ。
でも、そのスピリチュアルな話というのは、スターシードやアセンションなど、特定のラベルを持つ話ではありません。それは自分の趣味の範囲でいいんだと思います。
そうではなく、あなたはどんな人生を生きていて、周りの人とどう向き合っていて、現在どんなテーマに取り組んでいるのか。もしくは、共に経験する場面や出来事に関して、何を感じるのかという話になるんです。見えない意味や感覚。
それこそが本当にユニバーサルだし、どんな年齢層の、誰とでも話せることだと思います。
いやいや、メタさん、そんな深い話、誰とでもできることじゃないよって言うかも知れません。
しかし思考は現実を作りますから、自分のバイブレーションで、相手のスピリチュアルな側面を引き出すことなんて、いくらでもできるんです。その時に、心のやわらかい場所で触れ合ったり、魂が共鳴する感じが、実に半端なくしびれる訳で、そういうのがあるからスピリチュアルはやめられないと思います。
完全にスピリチュアル軍団の勝利です。
http://metaphysicstsushin.tokyo/2018/08/13/私のアウェイクニングの話%E3%80%80その21%EF%BC%8Eスピリチ/
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