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2018年08月10日14:30

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弔い選挙の研究

翁長知事の死去により、沖縄県知事選が必至となった。9月に行われるという。
時間がない。
与党は「弔い合戦」になることを恐れているという。野党側は「弔い合戦」に持ち込むことが有利な情勢である。

過去の「弔い選挙」について、急遽調べてみた。(参照=Wikipedia日本語版各項目=GFDL文書)

1.江田三郎社市連代表死去事件
【後継候補】江田五月 (子息)=当選。
【分裂】なし。
元社会党書記長で「江田ビジョン」を掲げて党内左派の反発を買って党を追われた江田三郎は社会市民連合を結成して参議院に立候補準備を進めていたが、公示直前の1977年5月22日、肺癌により急死。後継候補には子息の江田五月(地裁判事補)が参議院全国区に立候補、当選。分裂はなくスムーズに継承された例。党内で不遇をかこった三郎氏への同情と、経歴的にも優れていた五月氏への好感で成功。

2.大平正芳総理死去事件
【後継候補】森田一(女婿、秘書官)=当選
【分裂】なし。
大平正芳は自民党総裁、内閣総理大臣(1978年12月7日 - 1980年6月12日)。四十日抗争といわれる激しい党内抗争でシコリが残っていた。これによって自民党内にはかつてない「怨念」が残り、事実上の分裂状態が続いた結果、第2次大平内閣は事実上の少数与党内閣の様相を呈した。1980年(昭和55年)5月16日、社会党が内閣不信任決議案を提出。反主流派はその採決に欠席した結果、可決となった。大平は衆議院を解散(ハプニング解散)し、総選挙を参議院選挙の日に合せて行うという衆参同日選挙に打って出た。こうして第36回衆院選と第12回参院選が公示、投票日は6月22日と決まる。

ところが、5月30日、大平は選挙第一声を上げた新宿で気分が悪くなり、翌日、虎ノ門病院に入院。6月12日、心筋梗塞による心不全で死去した。
現職総理の死去という事態は状況を一変させる。主流派と反主流派は挙党態勢に向かい弔い選挙を行う。「香典票」と呼ばれた同情票も自民党有利に働いた。自民党は衆参両院で安定多数を大きく上回り得て大勝した。大平の選挙区・香川2区へは娘婿の森田一が補充立候補で急遽出馬し、圧勝した。
弔い選挙をきっかけに分裂していた陣営が一つにまとまった。

3. 伊藤一長長崎市長暗殺事件
【後継候補】横尾誠(女婿)
田上富久(市役所職員)=当選
【 分裂】あり

分裂の経緯等、調査中。非常に興味深い事例。

急ぎ仕事で間に合っていないが、中間報告。

【弔い選挙のやり方】
1. 早急に後継候補を擁立する。
2. 弔い選挙は「葬儀」の一つの過程と捉えるべき。後継候補に求められる要件は「無難」であること。誠実に故人の残した仕事を履行するという信頼感。特別なキャラとかカリスマ性は、あればいいが、必須ではない。一番困るのは空気の読めない候補、失言の多い候補。それから叩けばホコリの出る候補。これは、「葬儀」をぶち壊し自滅する可能性がある。森田一氏も田上富久氏も特異なキャラを持つというより、地味で手堅いタイプ。それで良い。
3. 分裂に注意すること
弔い選挙の対立陣営の最適戦略は「離間策」。つまり相手陣営を分裂に追い込み、票の分散を図ること。敵は必ず仕掛けてくると考え、周到に対処すべき。
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