「大きいことにも、小さいことにも」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19047 (写真入り記事)
晴れの日は「ハレルヤ」。雨の日は「アーメン」でいきましょう。
あるユダヤ教の教師の家庭で、息子が突然「キリスト教に改宗したい」と言い出した。
両親はショックのあまり言葉を失い、夜一心不乱に祈り始めた。
すると、急に天から神が現れた。
そこで両親はこう叫んだ。「主よ、わたしたちの息子がキリスト教に改宗すると言っています。あの憎きキリスト教に息子が盗まれてしまいました!!」
神は溜息をつきながら、「実は、わたしの息子(イエス)もそうだっただよ」と言った。
人生は何が起こるかわかりません。
一寸先は闇なのか?光なのか?
でも、なるようになる「ケセラセラ(Que sera sera)」という訳にも行きません。
仏教徒の「リチャード・カールソン」が書いた「小さいことにくよくよするな! 〜しょせん、すべては小さなこと〜」という本がベストセラーになりました。
この題名は説得力がありました。
しかし聖書は、2000年も前から、小さいことだけではなく、「何事も(大きいことにも、小さいことにも)思い煩ってはならない。(くよくよするな)ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。」と語ります。
これは「ケセラセラ(なるようになる)」ではなく、「神が共におられるから大丈夫!」と言っているのです。
そういう確かな土台を持って、今日も生きていきましょう。
ステキな一日でありますように。
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