「みんな嘘だったんだな。あの戦争と同じだ」
前作で町を破壊し、強制労働を課せられたジョン・ランボー。そこに上官トラウトマン大佐が現れる。ベトナムに未だ米軍捕虜が囚われており、その救出作戦が開始されると話す大佐。ついては、偵察のため現地へ飛んで欲しいというのだ。承諾するランボーだったが、作戦指揮官マードックの言葉が気になった。捕虜収容所を見つけても、捕虜を助けたり交戦したりはせず、ただ写真を撮るだけにしろと言うのだ…
「ランボー2」。廉価DVDが入ったので久々に観た。
まぁ、1については傑作ということで異存はないと思うのですが、2については意見が分かれると思います。単なる殺人マシーンが外国に入って暴れまくるだけの続編…と昔は思ってましたが、今回の再鑑賞で印象が変わりました。中盤40分あたり、ランボーが「見捨てられる」場面。マードックがなぜランボーを捨て駒にしたかの理由と国益について語られるのですが、これによってだいぶ2の価値が高まっていると感じました。ランボーは、確かにベトナム兵やソ連兵を殺戮していきますが、彼が本当に憎んでいる敵は、国のために命をかけた兵士たちを見捨てたアメリカ政府と、そんな兵士たちを受け入れようとはしない欺瞞に満ちた社会なんですね。知能指数の低いアクション映画の形をとりながら、そんな兵士の悲痛な叫びが刻まれている点を評価したいですね。


捕虜救出後、タイでひっそりと生きているランボーの元にまたもトラウトマン大佐が現れる。アフガニスタンを攻撃しているソ連軍を牽制する作戦に参加してくれないかと言うのだ。しかし「戦争は終わった」とランボーは申し出を拒絶する。その後…調査活動中だったトラウトマンが、アフガンでソ連軍に捕まったと知らせが入った。ランボーは救出のため、パキスタン・ペシャワールに飛び、アフガニスタン潜入を試みる。
「ランボー3」。2からさらに娯楽アクションに振り切った3作目。ラッセル・マルケイが監督だったけど途中降板したという曰くつきの作品。リドスコのような洒落たMTVみたいな演出が得意なマルケイとランボーじゃ食い合わせが悪かったってことでしょうか。
ソ連のアフガン侵攻が背景なので、今の若い人には単にソ連=悪、アフガン戦士=善という単純図式しか見えないでしょうが、のちにこのアメリカが支援したアフガン戦士ムジャヒデンからタリバンが出てくるっていう歴史を知っていると、複雑な気持ちになります。007リビングデイライツやチャーリーウィルソン・ウォーなど、当時のムジャヒデンを描いた作品もいくつかありますが、本作が一番ムジャヒデン・プロパガンダ映画として機能しているように見えました。トラウトマン救出前に、結構尺割いてムジャヒデンとランボーの交流を描いているのでね。
確かに前2作にあった「政府に幻滅」テーマは消えてしまいましたが、常に弱者・虐げられる者のために、戦うというランボーイズムは描かれています。
この週末は、来月発売の廉価版ランボー4に向けての復習で3本イッキ見しました。
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