「 『この野郎!』から『わかるよ!』に」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/18952 (写真入り記事)
多くの日本人は、自分の感情を表に出さないで、怒りを心の内側に溜め込んでストレスを感じたり、怒りを爆発させてしまったりすることがあるのではないかと思います。
「この野郎!」と思うことがあるとしたら、おそらく相手を知らないからです。なぜならば、親しい関係を築いているとしたら、「いいよ、いいよ」と流せてしまうものだからです。
どんなに悪人で、トンデモナイ奴だと思っても、その人の幼少期のトラウマの経験や、暗く悲しい過去を知るならば、「わかるよ!」といってあげられるような気がします。
愛するとは、相手を知ろうとすることであり、知ることです。
愛さないことは、相手を偏見で見て、決めつけて、知ろうとしないことです。
どうしたら相手を知ることができるでしょうか?
神様が私を知っていて下さり、わかっていて下さり、愛して受け入れて下さっていることを知り、受け入れることです。
「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」(ローマ5:6〜8)
神様は、私たちを愛しておられ、互いに愛し合ってほしいと願っておられます。
ステキな1日でありますように。
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