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2018年06月06日19:37

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賽の河原 賛

■死亡の5歳、ノートに「おねがいゆるして」両親虐待容疑
(朝日新聞デジタル - 06月06日 12:08)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5143357

 ”親より先に死ぬものは親不孝者。賽の河原で、石を積んで 修行してこい”

 とばかりに、親の言いつけを守らずに 親より先に死んだ幼子が、河原で積んだ石を 鬼が蹴飛ばし、散々に怒鳴り散らして、泣きじゃくる幼子を追い立て、黄泉の国にも、地獄にも落としてもらえない結界があるのだと。

 そんな仏教説話を、オレは母から絵本代わりに何度となく聞かされた。

 この子も、親のいう事を聞けないから、こんな目にあったのだ。

そうして、何度 功徳(石)を積もうとも、許されない子が疲れ果てたころ、地獄の閻魔が地蔵菩薩に変化して、”おいで。もう苦しまなくていいように、安心できるところへ連れて行ってあげる”と、くたくたになった幼子の亡霊たちを、極楽浄土にいざなってくれるのだとか。

 因果応報と、癒しの仏教説話。

 なんだか、現世の親の所業を見る限り、”それで どうして子供にばかり罪があるのだろう”と釈然としない思いを抱いた時期もあったが、生まれてくること自体が、親に対する難行苦行であったかと思うと、生まれてこない親孝行もあるのだと悟った。

 そんな、はなし。

 どうだ。救いがないだろう。救いがあるとすれば、そんな逃れえぬ宿業から、抜け出させてくれる道もあるということだ。

 「シ」という道も。

 しかし「シ」を自ら選ぶことは、逃げてしまうことになる。
 二重の親不孝。自分の放棄。そこには、何の救いも 同情もない。

 ”生きる”ことが苦しくなったら、何度も オレはこの話を思い出す。

何の親孝行もできなかったが、親よりさきに死ななかったことで、オレは あの業から抜け出せたのかもしれないと。

 5歳の子の、短かった一生に、心から哀悼の念を禁じえません。

 親が喜ぶような子になろうと努力したけど、なれなかった辛さを、よく耐えたねと。
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