【西郷どん】新ビジュアル完成 二階堂ふみが登場
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=5099589
南九州は先週、今週は北西九州も入梅するらしい。
統計的に、俗に「五月病」と呼ばれる心の病は、このGWの終わりから
入梅する前後に発症することが多いらしい。
さて、まんもちゃんの日曜のお楽しみは犬HKの大河ドラマ。
今年は「西郷どん」を絶賛低視聴率放映中らしいw
今年は、そのように明治維新百五十年記念の年であるらしい。
よく巷で若い衆に「 理想の上司 」などというアンケートをとると、
コノ西郷隆盛と云う人は必ず上位に上がってくる。
その結果を見るにつけ、ああ、昨今の若い衆は、
余程イマジネーションが欠落してるのだなぁ、、と思ったり、
オツムが弱いのだなぁと思う。
『 西 郷 隆 盛 』 と云う人は、一言で言うと、稀代のテロリストであり、
また、破壊神であり、信長に匹敵する「 六天大魔王 」のような恐るべき存在である。
テレビで描かれる様な「敬天愛人」の人ではなく、「仰天軍人」の人である。
実際、彼は「建設的な」事業をしたことが全く無い。
志士時代はテロ行為によって幕府を挑発し、戦争の土俵に上げ
戊辰戦争により、瓦解壊滅せしめた。
その後、明治政府に移っても、大政奉還、藩籍奉還、廃藩置県、徴兵制と、
それまでの旧体制の完全破壊である。
だが、これ等の事は彼の英断でなければ為し得なかったのも確に事実である。
だが、最後は天朝様と明治新政府に弓を引き、西南の役で
余剰サムライ分子の処理を引き受け共に滅した。
西郷はそういう『 血煙 』の中を駆け抜けた人である。
実際、彼 西郷隆盛を上司とした、志士時代の部下がいた。
部下は、桐野利秋 や 別府晋介らのように狂信者となり、
狂戦士(バーサカー)のように殺人や放火に暗躍せねばならなかった。
まるで日大の殺人タックルのアメフト部であるw
桐野利秋に至っては、
「 人斬り半次郎 」と二つ名で呼ばれた幕末屈指の暗殺者であった。
西郷が『殺れ』と命じれば、何の躊躇も無く人を真っ二つに斬って捨てる連中である。
実際、西郷や桂の盟友・坂本龍馬さえも最後には手にかけた説さえある。
維新後彼等は、薩長閥の陸軍小将にまで昇進したが
だが、彼等もまた信仰対象である西郷と共に滅びの道を辿った。
狂信者・狂戦士としての定めである。
そんな西郷でも真面目に維新政府に出仕してた時期がある。
主に、明治2年から9年くらいまでの参議として
留守政府を預かっていた時期である。
薩摩からの盟友・親友でもある大久保利通 と 西郷 の二大維新元勲が
太陽と月の様にカリスマの光を発揮して、ほんの少しの
平和な期間が訪れていた頃。
当時、彼等には、二人の優秀な部下がいた。
大蔵大輔・参議・大隈重信 と 官僚・大蔵卿・伊藤博文である。
コノ維新新政府の中心は
陰謀・権謀術数しか能が無い三條実美と岩倉具視の公家さんと
破壊しか能が無い『軍国・破壊大臣』 西郷隆盛。
その政府の中にあって実務派は僅か2人だけ。
ナーバス・木戸孝允 と 絶対零度の怜悧さ 大久保利通
またこの二人がソリが合わないと来ていたw
やっとのことで纏め上げた新政府のコンセプト『 富国・強兵 』
とはいえ、まだ明治二年。北海道函館では五稜郭で新撰組の残党
土方歳三がドンパチ頑張っていた頃である。
西郷・大久保の薩摩組は、軍事とその軍事国家作りにしか興味は無く、
予算は版籍奉還前なので、江戸時代の税収の徳川家天領分である30%しかなく、
実際 『 富国強兵 』 は、『強兵』 にのみ偏重して船出した新政府明治丸は転覆寸前。
メンタル弱い木戸孝允はブッ倒れて床に伏し、所謂 『 富 国 強 兵 』 の
『 富 国 』 部分は、若き参議と官僚に丸投げされた。 すなわち、前述の
大蔵大輔・参議・大隈重信 と 官僚・大蔵卿・伊藤博文である。
言わずもがな、後の初代総理大臣と、第八代総理大臣にして早稲田大学創設者である。
大蔵大輔・参議・大隈重信 と 官僚・大蔵卿・伊藤博文。
当時の旧態然の律令制役職なので理解りにくいかもしれないが、
現在の役職になおすと、
大隈参議院議員 兼 財務省事務次官
と
伊藤 財務省 主計局長 といった感じか。
現代の官僚 財務事務次官殿と違って、テレ朝の美人記者に
セクハラかましてる余裕なぞ
彼等には与えられていないのである。
ともあれ、大日本帝國の『 富国殖産興業 』
「海に火輪を!、陸に蒸気を!」 をスローガンに
一大経済プロジェクトの第一歩はここに
弱冠31歳の財務省事務次官 と 27歳の主計局長に託された。
彼等が、一点突破・全面展開の礎として着目したのは、『 鉄道 』である。
とはいえ、財務省なのに予算、元手となる種銭すらも無い。
つか、その予算を、収入を作る為の事業なのに・・・
オマケに西郷と大久保という上司の理解も無い。
会議では、西郷は「 よかよか 」というものの
自分らは軍事や兵器などの軍備には湯水の如く借金してまで使うくせに
元祖官僚の鑑・大久保は、「 予算は無い!」「 外資に頼るな。侵略される」
「無いものは無い!」と理屈詰めで突っぱねる。
最初、愛想だけは良かった西郷も、
鉄道敷設路線が旧薩摩藩邸上屋敷(現在の山手線田町三菱自動車本社付近)を
真っ二つに横断すると知らされると態度を豹変して
「 きさん、なにごつか?」と ヤクザの親分並みに部下を恫喝しだす始末。
その後、西郷は最後まで断固鉄道反対派に回る。
最強コンビによる最悪の上司 の体制であるw
だが、若き官僚の二人には、遠い昔に見た夢がある。 VISIONがあった。
大隈は長崎でロシアが持ち込んだ蒸気機関車の模型を初めて見た日の衝撃!
その後、「からくり儀右衛門」こと田中久重(後の東芝創設者)と完全コピーを
佐賀藩で完成させた藩士たちの情熱。
かたや、伊藤博文は、「長州ファイブ」として英国に密航して、ロンドンで目撃した
蒸気機関がマンチェスターやリバプールと結ぶ最新の産業鉄道網。
産業革命の成果を目の当たりにしてきたからだ。
ナイナイ尽くしの上に期間も無い。
だが、若く優秀な彼等は、伊藤の「長州ファイブ」時代の友人、ロンドン大卒
元祖鉄ちゃんことクロガネの職人技師 「井上勝」やドイツ人のフランツ・バルツァーら
お雇い技師らの協力を得て、「海上築堤」技術や「高架鉄橋」など最新鋭の技術で
数々の難問をクリアーして着工からわずか二年で新橋-横浜間の鉄道を完成させ
鉄道事業を開業させる。その後、東海道線を全線開通させ、
富丘製糸工場の絹糸貿易と日本の産業の両輪を確立させる。
【

現在も有楽町-新橋間に残る井上やバルツァー等のベルリン式高架橋梁の跡、
数度の震災・戦火にもビクともせず百年も続く日本の鉄道技術の礎である。】
鉄道開業の日、新橋-横浜間の一号列車に乗車した西郷と大久保の
二大元勲の上司様方は、全く違った反応を示したと云う。
アノ冷徹で怜悧で他人を誉めることが滅多に無い大久保利通が手放しで
大隈と伊藤を褒めちぎり、その労を労った。 彼もこの間に岩倉西欧使節団で
ヨーロッパを見て鉄道をその目で見てきていたからだ。
片や西郷は、終始無言のぶっちょう面で、大隈の2度にわたる
「 西郷さん、どうですか?鉄道は?」という問いかけにも黙っていたという。
超有名な英雄の部下になるということ、、、これは
相当な覚悟が必要なことらしいw
鉄道開業の翌年、西郷は「征韓論」を唱え、政府を脱退下野する。
そのまま故郷鹿児島で「私学館」を創設して西南戦争に身を投じ帰らぬ人となる。
大隈重信もその二十年後数回総理を経験後、政界から下野して
早稲田大学を創設して後進の人材育成百年の計にあたる。
さて、あなたは西郷、大久保、大隈、伊藤、井上勝、、、各々の人生。
どの人物を理想の上司として仕えたいと思うだろうか?
ログインしてコメントを確認・投稿する