メガネと医療費控除
弁護士 岡本 哲
1 問題の所在
2 東京高裁平成2年6月28日判決
3 平成24年段階での妥当性
1 問題の所在 所得税法73条と基本通達の齟齬
所得税法73条は、医療費控除を規定している。その趣旨は医療費が多額で異常な支出になる場合における担税力の減殺を調整することを制度趣旨としている。
所得税法 (医療費控除)
第七十三条 居住者が、各年において、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族に係る医療費を支払つた場合において、その年中に支払つた当該医療費の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額を除く。)の合計額がその居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額の百分の五に相当する金額(当該金額が十万円を超える場合には、十万円)を超えるときは、その超える部分の金額(当該金額が二百万円を超える場合には、二百万円)を、その居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除する。
2 前項に規定する医療費とは、医師又は歯科医師による診療又は治療、治療又は療養に必要な医薬品の購入その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価のうち通常必要であると認められるものとして政令で定めるものをいう。
3 第一項の規定による控除は、医療費控除という。
法令上は所得税法73条2項により限定列挙されているように読める。しかし、所得税基本通達73−3等により、文言の通常の解釈よりは拡張されている。
73−3(控除の対象となる医療費の範囲)
次に掲げるもののように、医師、歯科医師、令第207条第4号《医療費の範囲》に規定する施術者又は同条第6号に規定する助産師(以下この項においてこれらを「医師等」という。)による診療、治療、施術又は分べんの介助(以下この項においてこれらを「診療等」という。)を受けるため直接必要な費用は、医療費に含まれるものとする。(平11課所4−25、平14課個2−22、課資3−5、課法8−10、課審3−197、平19課個2−11、課資3−1、課法9−5、課審4−26改正)
(1) 医師等による診療等を受けるための通院費若しくは医師等の送迎費、入院若しくは入所の対価として支払う部屋代、食事代等の費用又は医療用器具等の購入、賃借若しくは使用のための費用で、通常必要なもの
(2) 自己の日常最低限の用をたすために供される義手、義足、松葉づえ、補聴器、義歯等の購入のための費用
(3) 身体障害者福祉法第38条《費用の徴収》、知的障害者福祉法第27条《費用の徴収》若しくは児童福祉法第56条《費用の徴収》又はこれらに類する法律の規定により都道府県知事又は市町村長に納付する費用のうち、医師等による診療等の費用に相当するもの並びに(1)及び(2)の費用に相当するもの
医療費控除はシャウプ勧告(昭和25年から27年)に基づいて創設されたものであり、医療費性の明確なものに限定されていた。その後の社会保障制度の充実や医療技術の進歩にともない、法令に列挙されている費用よりもそれに付随する費用のほうが重くなる、という事態が生じてきた。そこで税務行政上基本通達73−3などを通じて医療費の範囲を拡大し、医療費控除制度の趣旨を執行面に拡大した。
それでは近視・乱視矯正用のメガネは医療費控除制度の適用対象になるのであろうか。
2 東京高裁平成2年6月28日判決
東京高裁平成2年6月28日 行集41巻6=7号1248頁、税資176号1340頁の事案の概要は以下のとおりである。
Xは昭和58年に近視・乱視矯正用のメガネ及びコンタクトレンズを購入した。その代金について所得税法73条の医療費控除の適用があるものとして確定申告をしたところ、Y(税務署長)が医療費控除を否定して更正処分を行った。また、Xは昭和60年分確定申告において、昭和60年中に購入した近視・乱視矯正用のメガネの代金及び診療費用について医療費控除の適用あるものとして記載していたが、Yはこれを否定して更正処分を行った。
Xが処分取り消しを求めて提訴した。 X側の主張としては、通達の2項 2) 自己の日常最低限の用をたすために供される義手、義足、松葉づえ、補聴器、義歯等の購入のための費用にメガネ・コンタクトレンズは含まれるというものである。
Y側の主張は、法令の解釈として近視乱視の屈折異常にメガネを用いることは異常な支出ではない、メガネ着用は治療行為と考えられていない、検眼は医師の診療・治療を目的とする行為とは本質的に異なる、と主張した。通達については、この通達は医師等による診療や治療のために直接必要な費用に限定して例示しているのであるから、義手等の購入のための費用であっても医師等の診療にかかわりえないものについては医療費控除の対象たりえないと主張した。
1審2審ともX敗訴となった。
3 平成24年段階での妥当性
「医療費」控除という文言から、症状が固定し、治療の必要がなくなったメガネ等の購入費用は所得税法73条の医療費控除の対象とならない、という定式がみちびかれている。 しかし、租税法の規定として担税力現在をおぎなう趣旨とするなら、この定式は疑問がある。症状固定までは医療を奨励するが、そこからさきは放置ということになる。担税力の減殺を補うためには、日常生活を支障なくおくることができる程度に回復させるための支出に対しては控除をすることが合理的ではある。
平成2年当時だと、経済的自由と精神的自由について二重の基準があり、経済的自由については幅広い立法裁量が認められていた。また、大島訴訟(最高裁大法廷昭和60年3月27日 民集39巻2号247頁)の影響も大きく、一見不合理でも裁判所賀なかなか違憲や違法の判断を下しにくい状態であった。
しかし、政策判断の合理性重視ということを考慮した平成24年段階では最高裁判決もない現状においてメガネの所得税法73条は認められるべきと思料される。
参考文献 租税法判例百選 第5版2011年 54事件 奥谷健解説
金子宏「租税法」17版・2012年・56頁、シャウプ勧告からの医療費控除創設、188頁 制度趣旨、191頁 憲法14条違反でないとした判例として紹介
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